怪事戯話
第十怪・無双崩魔と覚醒の刀②

 放課後。

「困ったことになっちゃったのよ」
 今日も今日とて花子さんに呼び出された二人は、例によって彼女に怪事の解決をお願いされていた。
「被服室に卒業生の作ったお人形がいっぱいあること、二人も知ってるでしょ? あのお人形が夜な夜な動き出して悪さするのよ。……まー、悪さって言っても妖怪わたしたちの私物を盗むとかそういう可愛いモノなんだけど、みんな困っちゃって」
 言って花子さんが手招きすると、奥の個室から見覚えのある銀髪がひょっこりと現れた。真っ白い肌にアイスブルーの瞳、怪人赤マント娘エリーザ・シュトラム。
 黙っていればお人形のように可愛い彼女だが、今は半泣き顔で。花子さんと対峙する乙瓜と魔鬼の姿を認めるとうわぁぁんと叫びながら駆け寄って来た。
「聞いてよ聞いてよ酷いのよ!」
 エリーザは何かを訴えるように自分の頭をポンポンと叩いている。その度、一本だけ自己主張の激しいアホ毛がぴょこぴょこと揺れるので、その様子がなんだか滑稽に思えてしまい、乙瓜は笑いを堪えるのに必死だった。
 そんな今にも噴き出しそうな乙瓜を見て、エリーザは腹を立てたのか、顔を真っ赤にした。
「何笑ってんのよ! よく見て! 何か足りないでしょ、私の大事なアレが無いでしょ!?」
「無いって……おツムが? それは前から足りてなくないか?」
 何が何だかわかっていない魔鬼が首を傾げると、エリーザは余計にイライラした様子で叫んだ。
「ちぃがーーう! 帽子よ! 私の大事な帽子が盗まれちゃったの!! もういやぁ……最悪!」
 目を覆ってしくしくと泣きだす彼女の頭には、確かにいつも乗っている赤い帽子が無かった。殆どパニックに陥っている様子を見るによっぽど大事なものだったのだろう。

「とまあこんな風にみんなの大事なものが盗まれてるわ。他にはヤミちゃんのポシェットとか、おばあちゃんのハンカチとか、赤紙青紙のハンドクリームとか盗まれてるわね。私は今のところ大丈夫だけど」
 まあこの私の物を盗もうものならただじゃ置かないけどねと付け加えながら、花子さんはその指先で髪の毛を弄った。
 ――何でもない風にさらりと言っているが、やっぱりこの人だけは絶対敵に回せないな。乙瓜は思い、肩を竦めた。
「……話はわかった。で、俺たちに望む解決は? 人形の盗んだものは、昼間の人形は持っていないのか?」
「残念ながらね。私たちも昼間の人形を色々調べてみたけれど、何も見つからなかったわ。動いているときにどこかに隠しているみたいなの」
「つまり私たちは動き出した人形を付けて隠し場所を探して来ればいいのか?」
「それもやってほしい事の一つね。あとは――」
 魔鬼の言葉に花子さんは付け加える。
「――あとは、動いている人形全部を沈黙させて私の前に持って来なさい。以上よ」
「…………それだけでいいのか?」
「ええ、それだけでいいわよ」
 乙瓜が問うと花子さんはにこりと笑い、ベソをかいているエリーザの両肩に優しく手を置いた。
「泣いてるこの子見てたらね、私もお人形たちと遊んであげたく・・・・・・・なっちゃった。あなた達は困ったお人形を黙らせて怪事を解決する、私はその後お人形で遊んであげる。双方で利害が一致してるでしょ?」
 花子さんの両目がギラリと輝いた。
(めっちゃ怒ってるなこの人)
(やばいくらい怒ってるわー……)
 乙瓜と魔鬼は視線を交し合い、互いに頷きあった後、花子さんの頼みを承諾した。



 キィキィと音を立てるのは錆びた鉄の音か。
 堅い靴音をコツンと鳴らし、屋上の給水塔の上に立つ人影が一つ。軋む音を立て腕を伸ばし、その指先から伸びるのは糸。
 触手のように蠢く細い糸の群を床に垂らし、彼女・・は言った。

「さあ行って、遊んでおやり」




『最終下校時刻になりました。校内に残っている生徒は速やかに――』
 十一月五時の校外は暗く、最終下校を促す放送が、哀愁誘う「遠き山に日は落ちて」のメロディと共に星空の下に響いている。
 多くの生徒が部活動の片づけをしながらそれを聞く中、魔鬼と乙瓜の二人はというと。
「狭い……っ」
「シッ、静かに、我慢して……!」
 電気の消えた、二回西女子トイレの掃除用具入れ。下校を確認して回る教師の目を逃れるように、普段ずっと閉まっているその小部屋の中に身をひそめていた。
 広さ事態はトイレの個室と殆ど変らないが、乱雑に入れられた用具にスペースを取られてかなり狭い上に足場も悪いそこに、大きな音を立てないように潜んで数十分。何かの罰ゲームみたいだ。
(ううう……今の当番誰だよ、もっと整頓しとけよな……)
 息を潜めつつ、乙瓜はそんなことを考えていた。とはいえ、トイレだろうが教室だろうが用具入れの中に好き好んで入ろうとする輩なんて殆どいないし、掃除当番だって人が入れるくらいにゆとりを持たせて片づけようだなんて思わないだろう。
 その時乙瓜は、普段教室の用具入れの中に人が来るまで潜んでいる誰かをふと思い出す。何故か後期生徒会役員に当選した王宮の事だ。奴にこんな状態を見られようものなら、「ヘイユー。二人して何をしてるんだい! ハハハ!」と笑われそうだ。想像上の事で実際には何にも言われてないにせよ、乙瓜はちょっと腹が立った。
 一方魔鬼は、乙瓜とはまた別の事を考えていた。
(乙瓜のおっぱいでかい……くやしい)
 狭さ故に殆ど密着するような体勢になってしまい、仕方がないとはいえ今魔鬼の二の腕が押している乙瓜の胸は、魔鬼のそれよりふくらみがあって柔らかかった。
(合宿の時から思ってたけど! ていうか四月から思ってましたけど!! 何なのこの人普段何食ってるの!? 中学生でこんなにあったら犯罪じゃないの!?)
 変な体勢のおかげで、例え明るかろうと互いに互いの顔は見えはしない状態だ。けれど、きっと顔が見えたなら。その時の魔鬼は、怒りと悲しみとその他色々が混じった複雑な顔をしていたことだろう。大丈夫、泣いてない。

 それぞれがそれぞれ別の理由でイライラしたりしている中、トイレのドアがギィと空いた。見回りの教師の様だ。電気の付いた廊下の明かりが漏れこんでくるのが、用具入れの中からでもわかった。二人は自ずと息を潜める。
 個室のドアが一つも開いていない事や窓が閉まっている事を確認できたからなのか、ドアは再び閉ざされ、足音は階段の方向へ遠ざかって行った。
 二人はほっと息をつく。気が緩んだからか、魔鬼が片足を突っ込んでいたブリキのバケツがガチャンと音を立てた。
「……ちょ、魔鬼大丈夫か?」
「だいじだいじ……先生もう行ったし、多分もう戻ってこないでしょ」
 とは言えまだ囁き声のまま、そっと用具入れから抜け出し、トイレのドアを数センチ開けて外の様子を窺う。

 人気ひとけはない。
 少なくとも見える範囲に人はなく、廊下の電気も消されている。

「居なくなった……けど、被服室の鍵って職員室だよな。見回りしたとはいえ先生も夜中まで仕事してるから、職員室入るのは無理くないか?」
 隙間を除きながら呟く乙瓜の肩を魔鬼がポンポンと叩く。
 乙瓜が振り向くと、銀色に光る鍵を持って得意気な顔をする魔鬼の姿があった。
「被服室の鍵。明るいうちに持ち出しといた」
「おおぅ……でも職員室にある鍵の数ってチェックされてるんじゃないのか? 大丈夫なんか、それ……」
「心配すんな、なんかそれっぽい鍵にすり替えといた」
 魔鬼は手品師みたいに指を振った。それっぽい鍵って一体何なんだ、と乙瓜は思わないでもなかったが、バレていないなら大丈夫なんだろうとこの場での追及をやめた。

 二階廊下、被服室に続く廊下。
 蛍光灯も消え暗く静まり返ったそこを、魔鬼はペンライトの小さな灯りを元に進んでいくが、先頭を行く乙瓜は何の明かりも頼らずに進んでいく。
「見えてんのか?」と魔鬼が問う。
「この頃暗い所がよく見えるんだ」
 乙瓜は振り返らずにそう言った。実際乙瓜には、真っ暗な廊下の壁の位置から掲示物の文字までもが明かりなしでも認識することが出来ていた。
 昼間の廊下歩くように確固とした足取りで進んでいく乙瓜の背中を見ながら、魔鬼はやや不安に思った。
火遠あいつとの契約の効果だろうか……最近になって乙瓜は暗がりを平気で進むようになった……)
 下校時刻が早くなったとは言え、次第次第に早くなっていく日没。下校の頃には殆ど夜同然の暗さになる校舎の、明かりもついていない廊下を。何事も無いように進みだした乙瓜を最初に見たのが数日前。
(暗くなったこと自体には気付いているらしいけど、只の夜目と言うには見えすぎている気がする)

「乙瓜――」
 友人が。じわりじわりと得体のしれないものに変わってしまうような気がして、魔鬼は思わず乙瓜の名を読んだ。
「何だよ?」
 不思議そうに言って振り返るのは、やはりいつもの乙瓜だ。半年同じ部活で付き合ってきて、一緒に怪事を解決してきた、強がってるくせにパニクり易くてほんのり頼りないけど、やるときはやる相棒だ。

(大丈夫。目の前にいるのは得体のしれない化け物じゃない)

「いーや、何でもない」
 魔鬼はそう言って笑って見せた。
 被服室のドアはすぐそこに。魔鬼はポケットから鍵を取り出し、引き戸につけられた南京錠に差し込んだ。

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