怪事戯話
第六怪・一夜怪談⑤

「なぜ、わたしたちは、おこされたのでしょうか……?」

 薄暗い室内の中央。真夜中だというのにお目目パッチリ元気溌剌はつらつといった女子グループの輪に混ぜられ、美術部四人はただならぬアウェイ感を感じていた。
 何よりぐっすりと寝ているところを叩き起こされたのだから不機嫌もいいところ、普段無難に生きている杏虎ですら露骨に嫌そうな顔をしながら欠伸あくびを噛み殺している。
 眞虚はこくりこくりと舟をこぐように頭を垂れては、いけないいけないと言った様子でシャキッとするが、また瞼が下りてくるのを繰り返している。
(何起こしてんだよふざけんな寝させろよ)
 乙瓜はもともと悪い目つきを更に凶悪にして、口には出さず悪態をついていた。一方、その隣の魔鬼は更に悪い顔でボソボソと何か呟いているようなので、乙瓜は耳を傾けた。
「全員身ぐるみ剥がして森ン中に放り投げられてェのか糞DQN共が……」
 そう呟く魔鬼の目は据わっていた。こわい。
(あーあ、こいつらやっちまったな。しらね)
 乙瓜は他人事のように思いながら、魔鬼から視線を逸らした。
 そんな最悪テンションの美術部員たちに、テンションマックスの女子グループはいけしゃあしゃあと話を振ってくる。
「ごめんねぇー、でもちょっとだけつきあってほしいのー」
 なんて、ぶりっ子ぶって言う四十雀は限りなくうざったい。美術部の怒りのメーターが上がった。
「私たちだけじゃ怪談のバリエ(※バリエーション)限られちゃうからー、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいの、何か面白い怪談あったら話してよーぅ」
 わざとらしく手を合わせてお願いする彼女。顔は学年で五本の指に入るくらいかわいらしいが、腹立たしきことこのうえなし。
 乙瓜の隣から大きな舌打ちの音が聞こえる。怪談より何より、一番怒らせたらマズい部類の人が爆発しそうな方のが怖い。
 だが頭の中に花畑が拡がっていそうな女子どもは全く意に介した様子もなく、早く早くと美術部を急かすのだった。
 こいつら全員豆腐の角に頭ぶつけて死なないかな、と乙瓜が思っていると、うつらうつらとしていた眞虚が言った。
「えぇーっと……、なんか怪談したら寝ていいんだねぇー……?」
 限りなく眠そうな声には欠伸が混じっている。だのにお馬鹿な怪談グループどもは、「そうそう」と満面の笑み。
(そうじゃァねえだろ、寝かせろ関わるな)
 乙瓜はそう思ったが、いかんせんお人よしな眞虚はふにゃふにゃした声で「わかったよ」と言ってしまう。
「ふぁーあ……じゃあ、私たち一人一個自分の知ってる一番怖い話するねぇ。……いいよねえ?」
 半目の眞虚に同意を求められ、他三人の部員は「仕方ない、一つだけなら」と了承する。美術部以外の暇人どもが色めき立つ。
「いいの?」
 杏虎が言うと眞虚は眠そうな顔で、でもにやりと笑う。
「いいんだよ……どうせ話すまで話してくれないだろうし、とんでもなく怖い話して寝れなくしちゃお」
「……おっかない子だね」
「お互い様だよぉ」
 眞虚は閉じそうな目をごしごしこすり、両手で頬をパチンと叩いてから、今起きている全員に向かって告げた。
「話すよ。――ただし、何が起こっても自己責任ね」


 電気の消えた暗い深夜の室内に、四十雀の小型ライトと何人かが持ち込んだ携帯のバックライトがぼうと明かりを作っている。
 そんな中、車座になったグループに囲まれて。小鳥眞虚は語り始めた。

 それは、戮飢遊嬉がかつて語っていた怪談の中でも、割と恐ろしい部類の奇談だった。因習めいた話で、ありがちな怪談と違ってどこまで「ありそう」と思わせることがミソになってくる物語だったが、眞虚は抑揚をつけてじわじわと語った。普段おっかなびっくりで聞いているも、語り手に回った時はそうでもないのか、その姿は別人のようだった。
「――それで、この話は、おしまい」
 眞虚はそう締めくくり、大きな欠伸を一つした。
「じゃあ寝るねぇ……」
 再びすぐに眠ってしまいそうなふわふわした言動で布団に戻って行く眞虚。片や、先程までハイテンションだった女子グループはしんと静まり返っている。
 美術部員は慣れすぎて何とも思っていないが、眞虚の話は一般的な感覚だと思った以上に怖かったのだろう、かしましい女子がほとんど真顔になっている。
「止める?」
 杏虎がストレートに投げかけた言葉に、しかし一番ビビりの鵺鳴峠はこう答えた。
「……つづけなよ」
 強がりなのか何なのか、ここにきて謎の意地を見せる彼女に、杏虎は面倒くさいなと溜息を吐いた。そして顔を上げ、魔鬼と乙瓜両名を見る。
「あたし最後でいいや。どっちかから先にやって寝な」
 思わぬ有難い言葉に顔を見合わせる二人。魔鬼が相当苛立っていることに気付いていた乙瓜は、自ずと先手を魔鬼に譲った。
「いいんか?」
「大丈夫だから先に寝ろ」
「お、おう……」
 実のところ眞虚が語っている間に大分クールダウンしていた魔鬼は、割と普通な感じで話を始めた。
 ただし、その内容は人によってはトラウマになるレベルの自己責任系で、しかも「聞いた人の夢の中にはもれなくナントカさんが出てきて云々」系だったので、一部女子は泣いた。その時の魔鬼はドヤ顔だった。どうだ、ざまァ見ろと言わんばかりの。
「私の話はこれで終わり。じゃあ寝るけど――」
 話し終えた魔鬼は立ち上がると、わざとらしくドアの方を振り返る。
「――さっきそこにいた影、なに?」
 思わせぶりな一言。勿論魔鬼はそんな影なんか見ちゃいない。ちょっとした逆襲だ。
 しかし、すっかりおびえ切ってしまった彼女らには効いたようで、四十雀の「ちょっと、そういうのやめてよ」と言う声は震えている。
(勝った。うぇっへへ……)
 魔鬼はほくそ笑みつつ、振り返りもしないで自分の布団に戻った。掛け布団を頭からすっぽりかぶり、心の中で「おやすみなさーい」と呟く。
 その時、ひゅうっと冷たい風が吹き込んだ。今まで風なんてなかったのに、本当に唐突な風だった。
 ぞわりと。
 魔鬼の背中がぞわりとする。
 ほんの少しだけ頭を出して窓の方を見る。カーテンは留められているとはいえ、ひらりともしていなかった。
(――というか、何で布団被ってたのに風を感じるのさ?)
 気付いてしまった違和感に、魔鬼は眠れなくなってしまった。

 一方、グループの方では乙瓜の話が始まっていた。
「イマジナリーフレンドって知ってる?」
 乙瓜は、幼い子供が作り上げた妄想上の友達がどんどん現実のものになっていくという話を淡々と語っている。
 実に恐ろしい内容だ。幽霊なのか妄想の煮凝にこごりなのか全くわからない、正体不明の存在が次第次第に現実世界に侵食していく様はじわじわ怖い。
 もうほとんどの聴衆が顔面蒼白だ。唯一杏虎だけが涼しい顔をしている。
 話は結局、最終的にイマジナリーフレンドと子供がどうなってしまったのかわからないまま終わった。
「……もしかしたら、現実のモノ面してその辺歩いてるのが、誰かのイマジナリーフレンドかもしれないよ」
 乙瓜はそう締めくくり、ぐっと伸びをし立ち上がった。「じゃあ布団に戻るわ」と言うと、くるりと皆に背を向けた。

「待てよ」

 その背中に、声が投げつけられる。
 チラリと振り返る乙瓜の視線の先には、鵺鳴峠の姿。
「ちょっと、大きな声出しちゃだめだよ先生来るよ」と止める斉藤を無視して、ギャル系のきつい言い方で彼女は言う。

「それってあんたの話でしょ?」
 遠慮えんりょ躊躇ためらいもなく、むき出しのとげを刺すような鋭い言葉。その言葉だけでも、このボス猫みたいな女が乙瓜を下に見ていることが窺い知れる。だが乙瓜は特に反論することなく、しかし眼光ばかりを鋭くして鵺鳴峠たちを睨みつけると、フンっと顔を背け、自分の布団に戻っていった。

 その様子を、眠れなかった黒梅魔鬼は聞いていた。
 謎かけするような、幸福ヶ森の意味深な言葉。
 乙瓜の背中にある傷。
 鵺鳴峠の悪意ある棘。

(小学校で何かあったんか……? ああくそ、余計寝られなくなったじゃないか)
 一日の内に乙瓜に関わるあれこれが色々出てきたせいで、魔鬼の胸中にもやもやした気持ちが渦巻く。
 背を向けた向こう側からは鵺鳴峠が周りの静止も聞かずに乙瓜の悪口を言っている。
(くっそ、ただでさえ鵺鳴峠あの女嫌いなのに余計嫌いになりそうだッ……。胸糞悪い)
 自分と同じようにかのグループに背を向けているため魔鬼には乙瓜の背中しか見えない。しかし自分の事でなくてもここまで腹立たしいのだから、当の本人はもっと怒っているだろう事は想像に難しくない。
 次々と泡のようにこみ上げてくるイライラに、魔鬼は大層歯がゆい思いをしていた。

「――あ、いい? あたし早いところ話したいんだけど」
 一方、陰湿ムード全開になっていた怪談グループは、杏虎の一言で我に返る。
「……いいよ。あんまり怖くないのにしてね」
 良くも悪くも場を仕切っている鵺鳴峠は、自分たちから呼んでおいたくせになんとも勝手なことを言う。追従するように「おねがーい」と言う四十雀も先の三つの話で肝を冷やしたようだ。
 杏虎は呆れたように小さく溜息を吐き、キョロキョロと少しだけ辺りを見渡した。
 それから数秒首を傾げ、「うーん」と唸ると思いついたように一人頷き、口を開いた。

「それじゃあこんな話はどうだろ。タイトルは……一夜怪談」

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