怪事醒話
第三解・憧れの向こう側③

 六夏と眼子が神逆神社に着いたとき、都合のいいことに、丁度その拝殿前には鬼伐山斬子と、着物姿の八尾異がいた。
 斬子が竹箒を片手にしているのを見るに、境内の掃除中に異が遊びに来たといったところだろうか。談笑していた二人はやってきた六夏たちに気付き、ふと鳥居に顔を向けた。
「六夏ちゃんじゃん。部活もう終わったの?」
 そう話しかけてきたのは斬子の方だった。異は小さくお辞儀をして、眼子は同じように礼を返した。眼子は斬子とは何度か会ったことがあったが、異と会うのはこのときが初めてだった。
 けれど六夏はそうでもないらしく、異に「どうもです」と手を振り軽く挨拶し、声をかけた斬子に駆け寄り答えた。
「いえ、ちょっと知りたいことが。斬子さんこそ今日は早いですね? もしかしたら待つかなって思ったんですけれど」
「……あーね、今日午後の授業まるっと休講になっちゃって。バイトも入ってないしでゴロゴロしてようと思ったら、お母さんにこれ押し付けられたのよ」
 これ、と竹箒を強調して、斬子は「それで、知りたいことってなに?」と続けた。
 六夏は走って来た息を整えるように深呼吸して、それから真っ直ぐ斬子を見つめた。そしてここに来た目的を、訪ねるべきことを正直に口にした。
「斬子さん。……六年前の『首守』の儀式について、なにか知っていることはありませんか? 異さんも、なにか――」
 なにか知りませんか、と言いかけて、……けれども六夏はそれ以上先を言えなかった。
 というのもその瞬間――ともすれば『首守』という語を出した瞬間。斬子の顔から笑みが消えたのに気付いたからだ。
 その変化は、六夏の傍らに立つ眼子にもはっきりと伝わっていた。
(なんだろう、……聞いたらまずいこと、だったのかな?)
 眼子は不安に思い、能面のような顔の斬子と強張る顔の六夏を交互に見つめた。
「……それ。誰に聞いてきたの? なんのためにそれを知りたいの?」
 斬子がやけに冷たい声で言う最中、六夏が生唾を呑み込む音が眼子にも聞こえた。場は妙な静けさと緊張感に包まれていて、眼子は今すぐに逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
 けれども六夏は怯まなかった。もう一度深い息を吐いてから、意を決したように、改めて斬子に言った。
「美術部に手紙が来たんです。『クビカリ様が来る』って。クビカリ様を教えてくれたのは後輩の首無・・紅輔くんで、斬子さんならなにかわかるかもって教えてくれたのは凛音ちゃんです。……あたしは"美術部部長"です。知りたいんです」
 六夏ははっきりと斬子の目を見つめ返し、冷静に、そうあるように自分に言い聞かせているようにそう答えた。
 暫しの沈黙があった。
 ようやく土中から這い出し羽化したヒグラシの合唱が、夕暮れ時の鎮守の森いっぱいに鳴り響いていた。
 その騒がしくも寂しい沈黙の後、斬子は言った。
「…………そう。仕方ないな」
 言葉通り、本当に「仕方ない」といった風に答えるや否や、彼女の表情から能面が外れた・・・・・・。普段の斬子の表情になった。
 斬子はそのまま異を振り返り、「いいと思う?」と彼女に訊ねた。
「いいんじゃないかな。六夏ちゃんだって"美術部"だもの」
 異は今までの不穏な沈黙なんてまるで気にしていなかったかのような調子で答えると、いつの間にか指先に止まっていた一匹の蝶を宙に返した。
 斬子はそれを見て溜息を吐いた。「一応これ、外部に言っちゃいけないことになってるんだけどな」と腰に手を当て、それから六夏と眼子を改めて見遣る。

「言っとくけど、あなたたちが"北中"の"美術部"だから話すんだからね。……首刈の本家に知ったこと知られて・・・・・・・・・も私の名前出さないでね。そういう話・・・・・だから、これ」

 しっかり釘を刺してくる斬子に少々不安になりつつ、六夏と眼子は「お願いします」と頭を下げた。

 それから斬子は六年前の夏に起こった出来事を語り始めた。
 六年前の夏、かつて町長をも務めた町の名士・首刈髄右衛門ずいえもんが百八歳で大往生し、『首守』の儀式が行われた。
 儀式は『首の一族』の苗字を持つ・・・・・親族が亡くなった際にのみ首刈邸の"離れ"で執り行われる。古霊町四大寺社より一人から数人の代表者を招いて東西南北四方の部屋に配置し、その中央に位置する儀式の間にて七歳から十四歳までの故人の縁者が『一晩中目隠しをして怪談を語り続ける』奇妙な儀式、それが『首守』だ。
 斬子はいつから何故そのような儀式が行われているかは知らないと言うが、親類である紅輔が「クビカリ様を封じる儀式」だと言うならそうなのだろうと言う。
 けれども、彼女が理由も知らずに臨んだ儀式の場で、それは起こった。
 あろうことか、儀式の中心である親族の中から禁を破ってクビカリ様の封印を解く者が現れたのだ。その結果、怪を語っていた親族の一人は首と身体を切断され、一人はおかしなことを口走りだし数日のうちに行方知れずとなってしまったのだという。

「……紅輔くんはあの場にいなかったから本当のところは知らないと思うけれど、儀式の間のすぐ隣の……北の間にいた私は見ちゃったの。嬉美うれみ……首が切断された子は、首から下を持っていかれて……首だけ生きてた・・・・。クビカリ様はそういうものだったの・・・・・・・・・・。取られた子がどんどんクビカリ様になっていく。……だからクビカリ様が出たっていうのなら、あのときのあの子なのかもしれない……」
 斬子はがっくりと項垂れ力なく呟いた。「友達だったの」と。
 六夏はそれを聞いて何も言えないでいた。眼子だってそうだ。『もしかしたらクビカリ様は斬子の友達かもしれない』、そう思えば思うほどに掛ける言葉なんてない。
 二人が絶句している中、異が相変わらず飄々とした口ぶりで言う。
「確定したわけじゃないけれどね。もしかしたら嬉美から身体を取った子かもしれない。君たちは倒せなかったんだろう? あのとき」
「……倒せるわけないじゃん、どっち・・・も知り合いだったんだよ……。大体、異は居なかったじゃない……」
「君に無理ならぼく一人いたところで、だよ。……いや。どの道あの日は美術部も火遠もいなかったからきっと無理だったろうね」
 異は斬子に寄り添うでもなくあっさりと言って、それから黄金色の怪しい瞳を六夏たちに向けた。

「それで君たちはどうするんだい? 四大寺社が束になって勝てなかった怪異だけれど、君たちはそれでも挑むのかい?」

 あくまでにこやかに。相変わらずミステリアスに。本心は見えないどころか、一方的に相手の本心だけを見透かすような表情で、顎に手を当て異は訊ねた。"美術部"を継いだという二人に対して。
 眼子は少し怖く思った。もし首と身体を分断させられたら、自分が新たなクビカリ様になってしまう。体を求めて彷徨さまよう化け物になってしま。
(怖い……けれど、助けを求めている人が少なくとも三人いる。私たちがなんとかしないと、悲しい思いをする人がいる……!)
 眼子は六夏に勧誘された日のことを思い出し、誰にも気付かれないまま妖界の雑霊たちに取り込まれていたらと考えた。
 誰も助けに来てくれない、それは辛く寂しいことだ。ましてや助けを求めているなら猶更なおさらだ。
 ほんの少し誰かが勇気を出すだけで、助かる誰かがいる。自分のように。童河裁子だって自然に皿が割れて助かっていたよりは、ずっといいところに着地できたはずだと信じている。
「……挑みます」
 ぐっと拳を握りしめ、眼子は答えた。
「倒せるとか、勝てるとか、……そういうのはわかりません。でも助けたいと思います……!」
 彼女が振り絞るようにそう答えるのに、六夏も続いた。「あたしも」と。
「――あたしもクビカリ様に挑みます。そのために来たんです。なんだってするつもりです。"美術部"の先輩だって、きっとそうします。……だから、だから少しだけ力を貸してください。斬子さん、異さん」
 言って、六夏は深々と頭を下げた。次いで眼子も頭を下げる。「どうかよろしくお願いします」と。
 異は彼女らを見てふっと目を細め、それから斬子の肩にぽんと手を置いた。
「持ってきてあげて。紅蓮ぐれん赫灼かくしゃく
「……本気? 嬉美か一会いちえかもしれないんだよ……?」
「本気だよ。それに君が今でも嬉美に友情を感じているなら、悪いことは止めさせないといけないとおもうんだ。……もしそれが相手の本意じゃなくても、誰かに利用されている・・・・・・・・・・とするなら尚のことだ」
「利用? 異、あんたなにか視えて・・・――」
「いいから。早く刀を」
 異は訝る斬子に強い語調でそう言うと、斬子を私宅兼社務所へと走らせた。
 そうして――自分たちのやり取りを不思議そうに見つめる六夏たちの、その更に向こう。境内の内外を隔てる鳥居へと視線を流すのだった。
 小高い場所にある神逆神社の鳥居の向こうには、遮るものの少ない夕空が広がっている。やけに赤く紫の濃い、……どこか不穏な夕空が広がっている。
 その夕空を切り取る鳥居の真下を見つめ、異は珍しく声を張る。

「やっぱり君だったのかい」――と。

「え」、と。六夏たちが振り返る鳥居の下には、黒い人影が一つ。
 の大鳥居から続く坂を上って来たにしては、手にした大きめの赤いキャリーケースを転がしてきたにしては、息一つ切らさない涼しい顔をして。
 夏風に緑の黒髪をなびかせて異を見つめ返す、一人の女が立っていた。

こっちゃん・・・・・久しぶり。家にいないからこっちかなって思ったけど、大正解だったね」
 彼女は言って、西日の中に微笑んだ。口ぶりからして異とは知り合いのようだった。
(誰だろう……?)
 六夏は思い、異を見て、……そして気付いた。彼女の口許から飄々とした笑みが消えていることに。
「留守にしてしまったかい。訪ねて来てくれたのに悪かったね」
 異は女に答えつつ、麻の着物の袖を翻して美術部二人の前に立った。まるで守るように、立ち塞がるように。

「それで、ぼくになんのご用かな? ――首接くびつなぎ丹夜にやさん?」

 牽制するように異が訊ねるのに、女は――首接丹夜は声を弾ませて答えた。

「大した用事じゃないんだよ。ただちょっと、……私も色々考えたんだけどね? こっちゃんには死んでもらおうかなーって思って」

 なんでもないことのように物騒を口にして、彼女は名前の通りニヤリと笑った。

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