なりたかった。彼女はただ、「なりたかった」だけだった。
感謝と尊敬を忘れたことなどない、憧れのあの人の姿に近付きたいだけだった。
そう、「だけだった」。それ以上の望みなんてないので、希望はいとも簡単に打ち砕かれる。
四年前の夏。神逆神社の鳥居の前で。
「役者合わせて来ただけのおままごとなのに。なにが出来ると思ってたの? ……可哀そう。どう頑張ったって、きみはあいつにはなれないのに」
拝殿の裏から漏れ出る西日を受けて、その女はクスクスと笑った。
儚げで、しかしながらも明確な悪意の籠った声で嘲笑った。
首接丹夜。元凶の女。一つの禁忌の法を暴き、まさにヒトデナシに堕ちた女。人外のなにかに堕ちた証に、指を、腕を、首を斬り飛ばされても平然と生きている――魔女。
その不気味な笑みと対峙する、丹夜を切り刻んだ女はなにも言わない。反論もせず、無言のまま。肩で息をしながら憎悪に満ちた目で丹夜を睨み、刀を掴む手に力を込めている。
……その彼女に庇われる形で石畳の上に身を横たえている、脚に大きな傷を負った女もまた、なにも言わない。
張り詰めた沈黙があった。その沈黙の間に沈み、魔女の嘲笑を受けるしかない少女もまた、何も言い返せずに震えていた。
言い返せるはずもなかったのだ。丹夜の言葉は少女にとって図星もいいところで、否定しようもない正論で。ただ刀の女とは違う意味で肩を震わせ、目に今にも零れ落ちそうなほどの涙を湛えるしかなかったのだ。
少女はなにも出来なかった。すべては真似事、"ままごと"だった。
無力無念と羞恥に項垂れる彼女の肩に、もう一人の少女の――彼女の親友の手がかかる。支えるように、宥めるように。その手もまたなにかしらの感情に震えているのにも関わらず、自分だけは味方だと語り掛けるように。
肩を抱く親友は、周囲を支配する痛いほどの沈黙を破ってこう言った。
「……いいよ。その人にならなくてもいいよ。……なれなくたって。ムイカちゃんは、ムイカちゃんなんだから」
震える声で、振り絞る声で、けれども確かな反抗の意思を込めた声で。
「そう」
首だけの魔女はその少女を見上げ小さく呟くだけだったが、けれどもその目は語っていた。「おもしろくないね」「つまらないね」と。
……「自分じゃなにも言い返せないのに、友達に言わせるんだね」と。少なくとも、涙する方の少女はそう受け取った。
そうして彼女は思ったのだ。自分は一体なんだったんだろうと。今までなにをしてきたんだろうと。
憧れの姿に近付いた気がしていた。けれども結局傍から見れば焼き直しのような……否、それ以下の贋物に過ぎなかったのに、と。
自分は結局なんだったのだろう。
それは少女の中に虚無感と、一つの大きな後悔を残した。
どこから間違えてしまったのだろう。これからどうすべきなのだろう。
その解を魔女が教えてくれるわけもなく、怒りに燃える刀の女が教えてくれるわけでもなく、傷ついた女や親友に問うわけにもいかず――彼女は結局、自分自身で一から捜しはじめるしかなかった。
一つの大きな悔いの後で。心に残った大きな穴を埋めるなにかを。
これはこの物語の一つの起点であり、また同時に結末でもある。
結末であるならば、如何にしてそこに辿り着いてしまったのかを簡潔にでも知る必要があるだろう。
故に一旦、時間は更に過去へと遡る。
弦月沙奏が【灯火】を訪問するより更に前――この四年前よりも少しだけ昔へ。
少女――烏麦六夏の憧れの始まりと、その結末を知るために。