怪事醒話
プロローグ・十年後の因縁に

 怒っているのか不機嫌なのか、あるいはそんな意図などなく、生来そうした顔なのか。そんな読めない・・・・表情で、彼女は言った。
「本日は突然の来訪にも関わらず貴重なお時間をいていただき感謝します。端的に要件を申し上げますと、この度は【灯火とうか】代表ひのとひのえさまにお願い申し上げたいことがあり、訪問させていただきました」
 少女は小さく頭を下げ、しかし表情は少しも動いていない。――まるでお面でも被っているみたいだ、それが丙の正直な感想だった。
 時は七月平日午後三時、場所はT県N市山中・対怪異状況専門組織【灯火】本部ビル、その三階応接室。
 ガラス制のシンプルなテーブルを挟む黒革のソファ、そこに対面で掛けるのは困り顔の【灯火】代表・丁丙と――相変わらずの表情なくだんの彼女。
 丙も成人女性としては小柄な方ではあったが、対する彼女はそれより更に、……否。その姿はどこからどう見ても子供であった。
 高く見積もっても小学生の――やっと高学年に届くか否かといった様子で、形式的に出された玉露も、もしかしたらオレンジジュースの方がよかったのではないかといった具合である。
 だが、彼女が機嫌悪そうな表情を浮かべているのはそんなことの為ではないだろう。丙は思う。なにせ突如訪れ代表たる自分への面会を希望してきた彼女がその名を名乗った瞬間から、ピリピリとした緊張が場を支配してしまっているのだから。

 か弱い少女の姿の来訪者は、己自身を弦月つるづき沙奏さかなと名乗った。
 地の果てに沈んだ曲がる月を待つものであり、常世とこよの魚の代弁者であるのだと、そう告げた。

 彼女がはじめに接触した受付から話を取り次がれた瞬間、丙にはひらめくものがあった。
 それはぞっとするようなひらめきだった。
 地の果てに沈んだ曲がる月。
 常世の魚の代弁者。
 ……忘れようはずもない。忘れることがあるものか。
 もう十年になるだろうか。あの日、あの七月、この世界を喰らい呑み込もうとしていた闇を思い出し、丙は身震いした。
 多くの同志と、なかまたちと共に封じた"彼の野望"と、最後に現れ呪いを残した"魚"。
(このむすめは――)
 思い当たる節がありすぎた。日常、まま・・訪れる怪奇でも超常現象のたぐいでもなさそうな面倒事をとりあえず持ち込むやからや、押し売り気味な組織入り希望者の類ならば丁重にお引き取り願うところであるが、あれら・・・に関わるとなれば話は別である。
 そう。あれらこそ【灯火】の宿敵。そして今は不在の、丙とともに【灯火】を立ち上げた男にとって因縁の相手。【月喰つきはみの影】、だと云うのなら。
(あちきが直々に行かなくちゃならんだろうよ。暴れられでもしたらコト・・だしな)
 七月平日。【灯火】の活動を存続させる都合、本部内にはあらゆる意味での非戦闘員も多い。それでも本来ならば、本部ビルは幾重もの呪術的防壁で護られているのであるが、少女が丙の思っている通りのモノならば、防壁なんて全く意味はない。
 通れてしまうだろうよ、と丙は納得する。だが、納得できるからとて看過するわけにはいかない。
 そうして丙は午後の予定をすべて先送りにし――幸い自ら出向しなくてはならない用事も、急ぎの用事もなかった――、彼女との、弦月沙奏を名乗る者との面会に臨んだのである。当然己の持てる最大の警戒心と、万が一の備えを携えて。

 そして現在に至る、わけだが。

 かつての宿敵の名を関する少女が開口一番放った言葉に、丙は怪訝けげんまゆを寄せた。
 お願い、と言ったのだ。しかも感謝まで述べて。
(てっきり今更に仇討あだうちかとも思ったが『お願い』とはね。こりゃあ一体どういった心境の変化か、あるいは新しい策略か……)
 丙はその内の警戒心を保ったまま、沙奏の次の言葉を待った。
 穿うがつような眼差しを受ける当の沙奏は――ひどく無感動な目をしている。表情は数秒前と微塵みじんも変わらず、やはりそういったお面でも被っているかのようだ。
(ダメだ、やっぱりわからん。色んな奴を見てきたと自負しちゃいたが、こいつはどうにも苦手な類だな)
 なんてやつが来たもんだ。丙は苦虫を噛みつぶしたような心境でいた。
「丙さま?」
 ――と、当の沙奏が再び口を開いた。
「当方の話を聞いていただけるのかいただけないのか、お答えいただきたく存じます」
 あまりに丙の沈黙が長いのでしびれを切らしたのだろう。だが催促する間も眉一つ動かない。
「……とりあえず伺おうか。かつての宿敵になにをお望みだい」
 大して話していないがもう嫌だなあという気持ち七割、なにをお願いするつもりだろいう好奇心二割。残りの一割はもうどうにでもなれという諦めから丙が頷くと、沙奏は水を得たかのようにつらつらと話し始めた。
「大変困っているのです。あなたがた【灯火】に敗れ、我々【月喰の影】は首脳部と構成員の大半を失い、残存勢力からも離脱者が増え、活動を大幅に縮小せざるを得ない状態に陥りました。それでもいつかが戻られるまではと、とその協力者たちとで留守を守っていたのですが――」
 いや復活諦めてなかったのかい。丙は内心そんなツッコミを入れつつ、次に来るだろう『悩み』の内容を待ったが――
「近頃【サカヅキ】を名乗る不埒ふらちな者たちが活動を拡大しているのをご存じですか?」
 次に続いたのは唐突な質問だった。意表を突かれた丙は一瞬目を丸くして、「いいや」と呟きかけて――しかし頭のどこかで引っかかるものを感じ、少々考える。
(……いつだったか、覚えがあるな)
 彼女は少しずつ思い出していた。かつて――もう何十年も昔の話ではあるが――【灯火】の管轄で不可解な失踪事件が起きたとき、それがどうやら妖怪や神霊による怪事アヤシゴトではなく人間の仕業であり、裏には妙な組織が動いているらしい、ということを掴んでいた。幸い誘拐された人々は無事に奪還できたものの、組織の実態は掴めず終いとなっていたが――それでも辛うじて掴んだ組織の名が、確か【サカヅキ】。逆さまの月と書いて【逆月】だった。
「現在がどうかは知らん。だが昔、大規模な誘拐失踪事件だったかでその名を聞いた覚えがある。火遠かのんだったか嶽木がっきだったか、どさくさに紛れて刺されたとか血を採られたとかぼやいていたことだけははっきり覚えてるんだが、……あいつら一体何者なんだ」
「反人外団体です」
「反人外団体ィ?」
 聞き返す丙にコクリと頷き、沙奏は続けた。
「連中は我々のような、"人間ヒトの似姿なれど人間に分類できないもの"を排除し、真に人間だけの世の中を目指しているようです。その為に人間を品種改良・・・・し、我々化け物を凌駕する力を持とうとしています。その為に時折無関係の人間を拉致らちし、各地で人体実験を繰り返していたようです」
「……どこかで聞いたような話じゃないか」
 かつて人間を排した妖怪だけの世界を目指し、その為にありとあらゆる非道を行ったのはどこのどんな組織だったか忘れたのか? 丙はそんな思いで沙奏をにらむが、……彼女の表情はもうどうあがいても揺らぎそうにない。敢えてなのか気付いていないのか、丙の言葉に返すことなく己の主張を続けるのだ。
「歴史を辿れば、連中はあなたがたの【灯火】よりも、そして父の作った【月喰の影】よりもずっと古い組織です。それでも【灯火そちら】が今日まで脅威視しなかったのは、長い間さしたる成果も上げられなかった証左でもあります。……しかし、現在は違います」
「なにが違うと言うんだい」
「遂に成功例を作り出したのです。不老不死の人間。その成功作を、連中は作り出しました」
「まさか――」
 丙は絶句した。現在表沙汰になっている医療技術でも、不死なんて夢のまた夢――それこそ神の奇跡か呪わしいなにかが関与しなければ、人間はそこに至れないだろう。そうであるはずだ。老い、ガン、認知症、生活習慣病、心の病――奇跡分野の介入なしに完全に予防も克服もできないものはまだ山積みであるはずだ。それらを段飛ばしで解決し克服できる方法を発明できたというのならば、それはもうノーベル賞ものだとかそんな次元に留まる話の規模ではない。世界中から惜しむことない称賛と喝采かっさいを浴び、富も名声も地位すらも不動のものとなるだろう。
(……それほどの研究をよりにもよって反人外団体なんてキナ臭いところが確立させたというのか?)
 丙は未だ信じられないような気持ちだった。だからそれを否定してほしいような気持ちで、辛うじて言葉をひねり出した。
「そんな壮大な研究を成し遂げるには莫大な研究費が必要だろう……? 実験用に人を拉致してきたって、機材が要るだろう? そのあたりはどうしてるっていうんだ。まさかお前たちみたいに普段は薬屋に擬態しているとでも言わんだろうな?」
「擬態なんて必要ありません。連中にはスポンサーがいます。連中はいずれ我々のような世界中の人外化生けしょうの類と戦うために、不老不死確立の前段階として幾多の身体能力強化人間を作り出し、私兵としました。……そこまで言えば察しはつくでしょう。軍事分野では無人兵器の開発・導入が進められていますが、より強く、より性能の良いものを多数保有しているのは未だ限られた大国のみ。その大国と渡り合うために、安易に調達できる人間を安易に強力な兵士や工作員に変える手段を欲した団体、組織、ひいては国家。それらは決して少なくないのです。連中はそうしたところから支援を受けて、人間同士の争いに加担しています。いわば世界に混沌をもたらす存在なのです」
「……嫌に詳しいじゃないか。それにまるで見て来たみたいだ」
はこの世界の全ての影です。秘密を知ることに関してはこの世界のあらゆる諜報ちょうほうの上を行きます」
 沙奏は自慢するふうでもなくそう言った。さも当たり前とでも言わんばかりだった。
「その、なんでも知っている"影の魔"をしてお願いしたいこととはなんだ? まさか世界の全ての戦争を止めさせろだなんて言わんだろうね?」
「いいえ、そこまで大きなことは望みません」
 白昼からの重々しい話に既にうんざりしかけている丙をじっと見つめ、大して崩れていない居住まいを正し。沙奏は続けた。

「【逆月】を滅ぼすのに力を貸して欲しいのです。我々と同じ【月】の名を掲げ、愚かしき戦いを広げ、あまつさえ我々人外の者を廃滅しようとする存在。その崩壊を母は望んでおります。父もそう望むでしょう。連中は【月喰の影われわれ】とは相反する存在ですから」

 彼女はほとんど一息でそう言い切った。その言葉が終わると同時に、丙は「うへえ」とため息を吐いて、それから嫌味っぽく呟いた。
「……相反するかい。そりゃ相反するだろうよ。要するに人外主義者と人間主義者、お前らもそいつらも極端中の極端を行ってるからなあ? 申し訳ないけど、あちきたちはそういう泥沼に巻き込まれるのはごめんだよ。それに下手すりゃどこぞの国家やテロ組織に睨まれるかもしれないなんて冗談じゃない」
 突き放すように丙は言うが、しかし沙奏は不思議そうに小首をかしげた。しかも表情不変のままで。
「そのような危険があることにつきましては言い訳しませんが、丙さまは一つ思い違いをされています。人間主義か人外主義かは問題ではないのです。確かに我々も目的の為に非道を行いましたが――」
「自覚あったのかい」
 丙はツッコむが、やはり反応はされない。沙奏は元よりの主張を続ける。
「――同じ非道を行う連中の最終的な目的は闘争です。妖怪を排したその先の目標はありません。そこが我々と違います」
「どう違うって言うんだい」
「まるで違います。我々の最終目標は――世・界・平・和、です」

 世界平和、と。一言一句聞き逃すと言わんばかりに、一つ一つ丁寧に区切って沙奏は言った。
 だが当然というべきか、その言葉を聞いた瞬間丙はここ数年で一番嫌な気分になった。どっちもどっちじゃないかと心底思った。世界平和の為にすべて滅ぼそうとしたお前たちが言うかと、はっきり言ってやらんとわからなのいかと思った。……言っても通じなさそうだからやめたが。
 丙はいよいよどうお引き取り願おうかと考え始めた。
「……悪いが他をあたってくんな。あちきらはこう見えて忙しいし、いっぱいいっぱいなんだ。妖怪とせいぜい一般人相手にするくらいならわけないが、人間の、しかも私兵持ってる組織相手に戦える奴はそうおらんよ。火遠の奴は別の世界とやらに行っちまったっきり音沙汰無しだし、嶽木の奴は日本のことは全部あちきの裁量に任せるからって大陸をほっつき歩いてやがる。水祢みずねの奴だって乗り気じゃないだろ。というかお前さんよ、"影の魔"総出で分身体を作って攻め入れば勝てるんじゃないかね?」
「その案はすでに当方で検討しましたが、実現性が低いため却下されました。母は形を真似して作ることは得意ですが、真似した個体以上の能力を持つものは基本的に作れません。例外は二例だけ、あの裏切者の姉・・・・・ともう一人だけです。それとも一国の軍隊を丸ごと置換していただいてしまって良いとおっしゃるのなら、その通りにいたしますが」
「……いいわけないだろ。早まるのはよせ」
「冗談です。そもそも本来母が成り代われる人間はごく限られています。入れ替わりやすい相性のようなものがあるのです。それを無視するために大霊道の強大な力が必要だったわけで、……そもそも相性など関係なければ【逆月】も世界も今頃母の手の中です。まったくもどかしい」
 沙奏はそこにきて初めて不愉快そうに足を動かした。それから湯呑を手に取って――口に着けないまま元に戻した。
「飲まんのか?」
 もしかしたら冷めていたかと思いながら丙は聞いた。だが沙奏は「いいえ」と左右に頭を振った。
「やけ飲みでもしてやろうかと思いましたが、消化器官がないことを思い出しました。お茶、申し訳ありません」
「お、……ああ? かまわんよ」
 まさか謝られるとは思っていなかった丙は間抜けな声を上げた。遅れて「内臓がないぞう」という使い古されたくだらないギャグが脳裏を過ったが、どうやら相手はやけ飲みしたくなるほどイライラしているらしいので口に出すのは絶対にやめておこうと己に言い聞かせる。
 言い聞かせるが、気にならないこともないのでかなり無難な形にしてそれを投げることにした。
「……ないのは不便じゃないのか? 消化器官」
「特には。本来必要のないことなので。父の後継に相応しい『子』として――母の創造性のままに生み出された私には、"辛うじて人の形を動かせる機能"以上の作りこみが為されていません。……いえ、為せなかったというべきでしょうか。影という特性上、母は原型が存在しないものを作ることは不得手です。そのような事情からも、現在の【月】に【逆月】と戦う力がないことをご理解いただけますと幸いです」
「ご理解いただけますと、と言われてもだね……」
 丙は再度眉をひそめ、腕組みした。への字に口を曲げる彼女を見上げ、沙奏はどこか責めるような調子で言った。迷うことなどあるのですか、と。
「迷うことなどあるのですか。【逆月】の目的をくじくことは【灯火】にとっても有益と思われますが。……それにこんなことを申し上げたくはないのですが、【逆月】が人類の品種改良に関する技術を確立してしまった要因はそちら様にあるのですよ」
「なんだと?」
 突然責任を追及され、丙は思わず飛び上がりそうになった。なんのことだかさっぱり覚えがない。寝耳に水といった心境である。
「あちきらがなにしたってんだい! こちとら天地神明に誓って半人外団体なんかにゃ関わっちゃいないよ! 変な言いがかりつけないでおくれッ!」
「やはり無自覚でしたか」
 瞬時に噴き上がる丙の剣幕などものともせず、沙奏は一旦目を閉じ、息を吐き、それから言った。
「丙さまは覚えてらしたじゃないですか。草萼そうがく火遠か草萼嶽木が連中に血を採られたことがあると。……まさにそれが原因です。【逆月】は人外化生に勝るために、人外の血を細胞を、何十年にも渡り研究・解析していたのです」
「なっ……、あのときの……? あいつらの血で……!? まさか――」
「『まさか』はありません。この現世うつしよの上に立つ限り、母のは誤魔化せません」
 ――今度こそご理解いただけましたね? 沙奏は相変わらずの表情と相変わらずの視線のまま、丙をじぃっと見つめ続けた。
 ……仕方あるまい。もうどうにも断れまい。完敗だ。丙は思い、がくりと床を見た。
「…………なにをすればいい」
「なにも全戦力を貸し出せとは言いません。代わりに有能な退魔師を一人紹介してください。できればある程度武術の心得のある者をお願いします」
 諦めきった声で丙が訪ねると、沙奏はあらかじめその答えを用意していたのだろう、考える様子もなしにするりと要望を述べた。
「前もって断っておきますが、そちら様に出入りされているを推薦されても当方は拒否いたしますので、そのつもりで」
「いきなり最大戦力の一角を封じてきたか。……まあそうだろうな。しかし何もかも見ているなら、ある程度誰が良いとかの希望があるんじゃないのか?」
「もっとも理想的な人物は草萼嶽木です。……けれど【月】からの依頼となれば、彼女は了承しないでしょう。それにゴビ砂漠からは妖界の裏道を通しても手間でしょうし――」
(あいつ今そんなところにいるのか)
 頻繁に連絡してくるわけでもない嶽木の居所を妙な形で知ることとなった丙だったが、今はそれが本筋ではない。感想のバックグラウンドで、沙奏の『希望』は続く。
「できるなら十年前の因縁を理由に渋らない気鋭の術者を希望します。若く、世界を救うために率先して戦ってくれそうな人間。なにか大きなものに成ることを望む人間」
「……おい。だんだんキナ臭くなってきたぞ。大志と言うかなんというか、そういったヒロイックな願望を持った奴も何人かいないわけじゃないが、紹介したとしてまさか成り代わるつもりじゃないだろうな?」
「まさか。ただ私の助手となって行動し、あなたがたと連絡を取れる人間を一人貸してほしいだけです。他意はありません。害するだなんてとんでもない、【月喰の影】残存勢力の全力を挙げて、可能な限り身の安全を守らせていただく所存です」
「本当だろうね?」
「天地神明、父と母に誓って。【月喰の影】新代表/総裁代行の弦月沙奏がお約束いたします。こちらから反故にするようなことがあれば父と同じ場所に沈めてくれてかまいません」
「…………」
 妙な腹積もりのある約束は必ず破られるもの。特に【月喰の影】との約束は概ね破られるもの。規模が縮小しようが代表が変わろうが世界の危機を訴えられようが、そう簡単に変わるものか。
 やっぱりキナ臭い。丙は思い、けれどもそれとは別に沙奏の訴える【逆月】の脅威の実態を調査する必要性も感じていた。
(果たして【月喰の影やつら】の言葉が本当か否か、探ってみる必要はあるだろうよ)
 しばらく考え、丙は言った。
「わかった。助手の件は、あちきが希望に添えるような者を見繕みつくろっておこう。……その代わり、そっちが妙な動きをしないかどうか監視をつけさせてもらう。それが許諾できないならこの件はご破算だ」
「……よいでしょう。あなた方が我々をうたぐる気持ちは理解できます。監視・発信機・防御術式、どうぞなんでも。お好きなようにしてください」
「ほう……?」
 やけに強気にきたなと思いながら、しかしだからとて警戒を解く気ゼロのまま、丙は言った。
「まあいい、一応は交渉成立だな。しかし今更ながらこれはアレかい、今一時ばかりは休戦という解釈でいいのか?」
「そのように受け取っていただけたら幸いです。【逆月】廃滅の目的を同じにする間、こちらから【灯火】に仕掛けるつもりはございません」
「そうかい……」
 まあ、言質は取ったからどうにでもなるさ。丙はそう思いながら、すっかり存在を忘れかけていた己の湯呑に手を伸ばした。
 玉露は、すっかり冷め切っていた。



「まさか十年近くも経ってからこんなことになるなんてな……」
 沙奏を納得させて帰した後。丙はぼやき、そして考える。
 あちらの希望に添えそうな術師は存外多い。その中で、少しの危機なら乗り越えられる実力があって、双方の月・・・・に妙な動きがあればすぐに連絡を寄越して来そうな生真面目な者は誰か。
(そうだ、一人いるじゃないか)
 うんうんと悩んだ末、丙はある人物の名前を思い出した。まだ【灯火】に正式に所属しているわけないが、様々な怪事を通し、まるで知らない間柄でもない娘。
 彼女なら。そう思い、丙は早速彼女に通じる者へと連絡した。

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