怪事捜話
第十一談・幻想暴走フェスティバル⑥

「あ、お疲れ様~」
 ――学校屋上。今の時間なら関係者すら立ち入る事の出来ないその場所に居て、石神三咲はご機嫌な笑みを浮かべ、時間をずらして帰投した七瓜に抱きしめた。
 そう、彼女は。七瓜は、全く北中から居なくなったわけではなかった。
 体育祭の初めから屋上ここに居たのだ。三咲と、そしてアルミレーナと共に。
 先刻の遣り取りのせいか、七瓜の表情は暗く沈んでいる。三咲はそんな彼女を抱きとめながら、よしよしと頭を撫でる。
 アルミレーナはそんな彼女らから一歩離れ、二人の様子をじっと見ながら、紅い髪を偶の秋風に揺らしている。
「それにしたって七瓜ぁ、何もあの子にする事無かったじゃない。あの子七瓜の事きっと嫌いだって、わかってたじゃーん?」
 三咲はグラウンドに目を向けた。
 彼女の見つめる先では既に午後のプログラムが始まっており、大勢の団の構成員に混じり、流行の音楽に載せて体を動かす魔鬼の姿があった。
 それは殆どの人間にとって表情の判別までは難しい距離であったが、三咲の瞳はそれを捉える。
 魔鬼は笑っていた。まるで、ほんの数十分の間に起こった不穏な出来事を心の隅に封印しようとしているが如く。
わぁらっちゃって。ズルいんだ」
 三咲はニヤリと口角を上げると、七瓜に向き直ってその頭をもう一撫でし、それからアルミレーナへと振り返った。
「エリィ、あの子はちゃんと伝えてくれるかなあ? おじさんや乙瓜ちゃんたちに、ヘンゼの伝言メッセージ伝えてくれるかなっ?」
「……さあ。それは分からないわ」
 アルミレーナは素っ気なく首を振ると、己の瞳で魔鬼を見て。怒っているのやら呆れているのやら、切れ長の目をすっと細めると更に言葉を続けた。
「それにしても上手い事捜したものね。あの子、そっくりだわ」
 言って、アルミレーナは目を閉ざした。グラウンドから顔を背け、踵を返して数歩進み、それから二人を振り返る。
 俯いたままの七瓜は何も言わない。三咲は悪戯っぽい笑みを浮かべると、「それって容姿の事? 心根の事?」と首を傾げ、顔に掛かる髪を手で押さえた。

「どっちもよ」

 アルミレーナはそう答え、再び背を向け歩き出した。
 グラウンドに響き渡っていたダンスミュージックが終わる。会場の歓声が別世界の出来事のように遠く聞こえる屋上から、彼女は離脱した。



 一方、午後一番の目玉プログラムを終えた地上では。
「ヘーイお疲れー! おつかれおつかれー!」
 爽快な笑顔の遊嬉が、全てを出し切ったクラスメート一人一人とハイタッチをして回っている。
 クラスメート及び同じ団の構成員の中には遊嬉と同じ笑顔の者もいれば、すっかりヘトヘトで座り込む者、途中で些細なミスをしたらしく、減点されたら自分の所為だと既に泣き出している者まで様々だった。
 乙瓜は「ヘトヘト」の方で、地べたにだらしなく尻を落とし、酸素を求めるように口を大きく開けてへばっている。
 タオルとペットボトル片手にその場に通りかかった杏虎は、疲労を通り越して放心状態の彼女を心配そうに覗き込むと、隣の地べたに腰を下ろした。
「おーい、大丈夫かー?」
 手内輪で乙瓜を扇ぎ杏虎は言う。乙瓜の口は問いに対して言葉にならない呻き声を吐き出した後、漸く人語を紡ぎ出した。
「お、……俺ら出来ることはもう全部やったよな? あとは元気な奴らの活躍に期待だよな?」
「ん。後は代表リレーとかしか残ってないからだいじょぶ。おつかれ」
 杏虎は言ってペットボトルの中身をゴクゴクと飲み、それから何を思ったか、開きっぱなしの乙瓜の口に「えい」と飲み口を差し込んだ。
 当然乙瓜は驚くやら咽るやらで跳ね起き、何をするのかと抗議する。
 しかし杏虎は悪びれることなくケラケラと笑うと、また何事も無かったようにペットボトルに口を付けた。
「いや今の何!? 今のなんだよ!?」
「何もなんも思い付きだけど? でもま生き返ってよかったじゃん」
 目を細めて笑い、一呼吸の後、杏虎は隣の団のテントを見た。
 そして「深世さんも死んでら」と立ち上がると、軽く手を振り乙瓜の隣から去って行った。
 乙瓜は釈然としない気分のままその背を見送り、何となく得点ボードへと目を向けた。
 現在時点では赤団が295点、青団が290点で、自分達赤団の方が僅かにリードしている。
 入場門の方を見れば、先程まで「お疲れハイタッチ」をしていた遊嬉が明菜と一緒に話をしている。
 良く視れば引退した三年部長・鳩貝秋刳と副部長の美霞洞みかどすみれも一緒だった。
(そういえば、次は部活対抗リレーだったな。応援しないわけにもいかないか)
 良く見える場所へ行こうと、乙瓜は「よっ」と立ち上がる。少々タイミングの悪い事に人とぶつかりそうになったが、簡単に謝って早足で立ち去った。
(……そういやさっきの人、幽霊か)
 歩きながら乙瓜は思う。咄嗟の事だったので大して気にしなかったが、先程ぶつかりそうになった生徒には、絵に描いた幽霊みたいに脚が無かった。
 それを思い出し、成程足が見えなかったから立ち上がった時にぶつかりそうになったのか、と乙瓜は納得する。異常事態も午後ともなればもう慣れたものであった。
(上半身は透けてなかったし血色も生きてる人っぽかったなあ。……まあ、そんな事はどうでもいいか)
 選手入場が始まったグラウンドを見て、乙瓜は先程の些細な出来事を頭の片隅に追いやることにした。どうせ大したことではないのだから、と。
 だから。ぶつかりそうになった時に見て、少しの間だけ覚えていた、幽霊生徒の体操着の刺繍の名前も忘れてしまった。

 千里塚、なんて。古霊町ではさほど珍しい苗字でもないのだから。

 団の括りを超えて集う美術部員たちに合流した乙瓜は、既にその場に居た魔鬼と目が合うなり無言で右手を上げた。
 魔鬼の方もなんとなく察したのか、二人はそのままパンとハイタッチを交わす。
 その瞬間、魔鬼は七瓜の件を思い出し、それをうっかり口に出しかける。
 しかし現在場を取り巻く空気とあまりにもそぐわないその話題が唇から漏れだす前にグッと飲み込み、また何食わぬ顔をしてグラウンドに目を向けるのだった。
 グラウンドのトラック沿いには各部の部員がずらりと立ち並び、運動部はいつの間にか各々のユニフォームを纏って大会宜しく応援を披露している。
「うわあ運動部だ、運動部のノリだ……! どうしよ、美術部も何かする? 私今からダッシュで筆とかアグリッパとかもってこよっか!?」
 引退以来久々の仮名垣まほろは、辺りを一面に満ちた運動部オーラを前に謎の対抗心を燃やしていた。
 滝壺たきつぼ供子ともこはそんな彼女の頭に優しくチョップを入れ、「しなくていい」とたしなめる。
 変わり者の二年生ばかりが主役となる美術部の片隅でほんの数か月前まで繰り広げられていた光景が、変わらずそこにあった。
「うわああああんっ、運動部に負けるな明菜ちゃーん! 遊嬉ちゃーん! 菫ー! 秋刳ー!」
「文化部の底力見せなー! 吹部すいぶに負けないでー! がんばってー!」
 三年生二人が声援を送る。一年生もまた負けじと声を張る。
「遊嬉ちゃーん! がんばれー!」眞虚も叫ぶ。深世も、杏虎も、そして乙瓜も魔鬼も。それぞれの言葉で応援の意志を叫ぶ。
 声援が届いたからか、彼方大会本部前に控える遊嬉と秋刳が大きく手を振った。
 反対の団テント側のスタートライン付近は運動部に抑えられていて見えにくいが、そこに居る明菜と菫もまた手を振っている事だろう。
 部活対抗リレーは、各部の部長副部長及び他二人の代表から成る四百メートルリレーだ。
 流石に全部活動が一斉に走り出せるほどレーンが多くないので、男子部グループと女子部グループに分けて行われる。入部条件に性別の隔たりがなく、実際の部員も男女半々な部活は男子2、女子2で代表を選出し、後はくじ引きでどちらのグループに編入するかが決められている。
 美術部は本来男女の隔たりのない部活だが、現在は女子部員しかいないので女子部の括りだ。
 仮名垣らがライバル視している吹奏楽部も、ドラムがやりたくて入った男子が一人いるばかりなので女子部側に編入されている。
「……ていうか、こればっかりは花子さんたちどういう風に入ってくるかと思ったら……なるほど」
 そんな各部の代表を見渡していて何かに気付き、乙瓜は困ったように笑った。
 部活対抗リレーには既に定められた代表がおり、仮に嘗ての所属部だったからとて幽霊生徒たちを押し込む隙間は無いように思えたが……成程花子さんたちも考えたものである。
 各部代表を整列させるための簡易な看板の中に、いつの間にか「幽霊部」なる直球過ぎる名前が混じっている。
 その旗印の隣で、花子さんがニコリと笑って手を振っている。乙瓜はそれに気づき呆れると同時、どこか憎めない気分になったのだった。
 その即席且つ安直で、そしてその名の通り「幽霊」な部活の存在を、翌日以降何人の生徒が覚えて居られるだろうか。
 その日その瞬間は確かにそこに在り、不思議な術の支配するこの場所で、昔からの友人のように哀歓を共にした学友・・の存在を、果たしてどれだけの生徒が覚えていられるだろうか。
 ふと、そんな考えが胸に浮かんで。乙瓜はどこか寂しい気分になってしまった。
(……花子さんは、本当に全くの思い付きから体育祭に混ざろうとしたんだろうか)

 泣くにはまだ早い、夏の気配残る秋空の下。運命のピストルが高らかに鳴り響く。
 己の出番を待ちながら、花子さんはほんの少し昔の時間に思いを馳せていた。

 それは、十六年も昔の事。
 花子さんがまだ"トイレの花子さん"でなく、十文字じゅうもんじ依子イコと云う名の一介の亡霊であった頃。
 その頃北中に君臨していた先代の花子さんは、ある日依子らを呼び集め、ある事を説いた。

 私たちは、怖いだけじゃ駄目だ。無暗矢鱈に容赦なく生徒に危害を加えるだけじゃ、学校が潰れる。学校が潰れたら、態々学校と云う場を選んで棲みついてる奴らは行き場を無くす。学校に思い入れがありすぎてずっと学校ここに居る奴らは、自分自身が何者であったかを忘れてしまう。だから、怖いだけじゃ駄目だ。
 かといって私たちは、優しいだけでも駄目だ。お化けの本分は驚かせること。時々には居る事を主張しなくては、誰からも忘れ去られて消えてしまう。人の世界には認識できないものは存在できない。証明できないものは存在できない。だから、優しいだけでも駄目だ。
 お前たちは「怖いけど憎めない」くらいを目指せ。生徒にとって同じ学校の中に居る奇妙な同居人……「裏生徒」くらいを、お前たちは目指せよ。

 彼女はそう言い残して北中を去り、他所の地域の、学校妖怪が力を持ちすぎて「学校」としての体が崩れかけた小学校へと移って行った。
 それから北中では依子と夜美子の戦いがあり、依子は"花子さん"に、破れた夜美子は"闇子さん"となった後に北中を去った。
 長い長い年月が過ぎ去り、大霊道に関する事変が何度か起こり、幽霊生徒との出会いと別れを繰り返し、美術部との付き合いが始まり、闇子さんが戻ってきて。自分も周囲も随分変わったと、花子さんは思う。
 そう思いながらも。彼女の胸の中には、今でも変わらずあの言葉があった。先代の残した、「裏生徒」を目指せよというあの言葉が。

 故に、花子さんは、三日前のあの夜。

 裏生徒の体育祭参加に難色を示すミ子に対し、彼女は言った。

「だって、私たち裏生徒はお化けだもの」

 お化けの本分は、化けて出る事。人々を驚かせる事。そこに在ると主張する事。
 本当はもっと大勢の人を驚かせてやりたいが、大霊道の件が進行中の現在、そして情報ツールの発達によって、騒ぎを大きくしては学校が立行かなくなってしまう可能性がある現代において、ある程度の制限は仕方ない。大多数の人間には異変を異変と感じ取って貰えないのは些か不本意ではあるが、それでも美術部と何人かの生徒に気付いてもらえればそれでいい。

 学校妖怪は、幽霊は。裏生徒わたしたちはここに在るのだと。


 色とりどりのバトンが巡り、今を生きる生徒が走る。
 体育祭のはじまりでは恐怖と緊張でガチガチに固まっていた明菜も、ぴたりと追走するてけてけ相手に強気の走りを見せ、スタートの差で一歩前にでたテニス部の女子と並び、バトンパスを競い合った。
「戮飢先輩!」
 続く遊嬉がバトンを受け取った瞬間、その横を白黒写真を切り取ったような色彩の生徒が追い越していく。遊嬉はニヤリと笑むと脚に込める力を強め、恐ろしく早いそれの後を追った。
 副部長・美霞洞にバトンが渡った時点では美術部は女子グループ七部活中二位だった。
 しかし副部長という肩書だけで参加した美霞洞には明菜や遊嬉のような走りの才能は乏しく、見る間に前半引き離した運動部に追い抜かれていく。
「菫えぇぇ! あとちょっとだ、ファイトー!」
 遠くで仮名垣が一層声を張り上げる。乙瓜ら二年や柚葉ら一年もまた、運動部一際大きな声援に負けじと叫んでいる。既に走り終えた明菜や遊嬉もだ。
 会場は声援で満ちていた。美術部のみならず、どの部も、顧問の教師も、校長や教頭も、保護者も、地域の見物客も。立場も年齢も超越して、皆が声を張り上げ誰かを応援していた。
 グラウンドに満ちる正のエネルギーに当てられて、幽霊生徒たちも鮮やかな色彩を取り戻す。普段影のようにひっそりと存在する彼らは今、失ったはずの声を震わせて。幽霊部のアンカーであり、そして今回の憎めない怪事の立役者である花子さんへと、そして今まさに彼女へバトンを渡そうとする闇子さんへと声援を送るのだった。 「秋刳!」
 最初にバトンを受け取った女子バスケ部から4秒ほど遅れ、美霞洞から秋刳にバトンが渡った。現在美術部は四位、三位女子卓球部とは2秒近くの差があり、ここから表彰台を狙うのはなかなかに厳しい。
 しかし秋刳は走り出した。全力で走り出した。50メートルというほんの10秒以内の、1秒の差が雌雄を決するそのコースを。絶望的な数秒の壁に向かって走り出した。
(吹部と違って走り込みすらしていない美術部私たちにとって、四位これは上々の結果なのかも知れない。寧ろ吹奏楽部を抜いている時点で十分健闘したって言えるのかもしれない。……でも……!)
 秋刳は思う。時間が重い。近くて遠い女子バスケ部は最後のコーナーを曲がり、ゴールテープに向けて一直線に走っていくのが見える。幽霊部なる突貫工事のふざけた部がその真横につき、追い抜き追い抜かれるかの接戦を繰り広げている。
(運動部やお化けには勝てないのかもしれない。何にもなれないのかもしれない。でも、最後まで頑張りたい! だってこれが、私が美術部として参加できる最後の行事だと思うから……!)
 意地か執念か、秋刳の足が女子卓球部部長に並んだ。並ばれた彼女は驚いた表情を一瞬見せるも、眉間に皺を寄せて進む足に一層力を込める。部として最後の晴れ舞台。文化部に負けていられないのは、彼女もまた同じだった。
 運命の最終コーナー前には美術部が並んでいる。顔を真っ赤にして叫び続ける仮名垣がいて、大声を出すのが苦手なのに、拳を握りしめて声を張る滝壺がいて。秋刳が、自分の所為で面倒事を押し付けてしまったと思っている乙瓜や魔鬼ら二年生が居て。余り交流の時間を持てなかった一年生たちまでもが、秋刳をして部長と応援している。
「鳩貝ぶちょおおおおおおおおッ! いけええええええええええッ!!」
 現部長の深世が手でラッパを作って絶叫を上げた。もう何メートルも無い。既に女子バスケ部と幽霊部はゴールしてしまっている。その結果も知らないまま、女子卓球部ともつれあいながら。秋刳は最後の一歩を踏み出した。
 勝ったかどうかわからない、傍目には同着にしか見えないゴールの刹那。どこかで聞いた懐かしい声を、その耳に聞きながら。

 ――秋刳ちゃん。お疲れさま。


 秋晴れの空を僅かに黄色を帯びた太陽が照らす。閉会の挨拶。校長が各団の健闘を讃え、辺りには拍手が響き渡る。
 団の勝負は赤団が逃げ切り優勝。一時青団の特典が上回ったものの、最終的に全校玉入れの結果が決め手となったのだった。
 赤団三年生は大いに沸き、表彰のトロフィー片手に団長が朝礼台から降りた瞬間、すかさず胴上げが始まったのだった。
 方や僅差で敗北した青団側は三年女子を中心として泣き崩れ、団長は立ったまま男泣きしていた。
 恐ろしく不安な始まり方をした体育祭であったが、終わってみれば例年通り。たかが体育祭、されど体育祭。その時確かに一生懸命であり、本気であり、夢中で合ったという想いは。各人の心の中に深く刻まれた事だろう。
 そんな青春的光景の中、乙瓜ははたと気が付いた。いつの間にか、花子さんたち裏生徒軍団がグラウンドから消え失せている事に。
「?」と乙瓜が首を傾げると、そのショートパンツのポケット内から声がした。
『みんな帰ったよ、今日はたのしかったってさ』
「ほあ!?」
 乙瓜が吃驚しながらポケットに手を突っ込むと、その指先は何やら固いものに触れた。そして引っ張り出されたのは、体育祭中すっかりその存在を忘れていた花子さんの鏡だった。
 その玩具のような鏡面から茸のようににょきりと顔を出す小人。乙瓜が鏡以上に存在を忘れていた妖怪魅玄は、ご機嫌斜めのジト目視線で乙瓜を睨んでいるのだった。
「おま、……えっと、誰だっけ!?」
『魅玄だよ、君も中々酷いな乙瓜ちゃん。僕の事をすっかり忘れて、一度もポケットの中から出してくれなかったじゃないか! ああもう全く。暗いし狭いし苦しいし、散々な一日だったよ!』
 彼はプイとソッポを向いた。乙瓜はその様子が何だかおかしくてクスクスと笑いを零すのだった。
『なーんだよぅ、何がおかしいんだよぅ。理不尽だとは思わないのかい? 君たちばっかり楽しい思いしてさー!』
 益々機嫌悪く抗議する魅玄だったが、乙瓜はそんな彼を再びポケットに封印し、始まった解団式の演説へと耳を傾ける。
 各団団長が熱血的に感動的な演説をする最中、ふと彼女は思った。

 そういえば、賭けのお願い・・・どうしようか、と。



 古霊北中で珍妙で熱い戦いが終わったのと殆ど同じ頃。某所某ビルの薄暗い一室にて。
 仰々しい椅子に身を沈め、同じく仰々しい机に行儀悪く脚を乗せた少年が一人。
「ふうん、体育祭ね。……学校行事の怪事か。まあ、そういう遊びもいいんじゃないかな。……これが最後だと思えばね」
 彼の視線の先で青い光を発する端末は、その日の北中の様子をはっきりと映し出していた。【灯火】も美術部も終ぞ気付かなかった密偵、盗撮。花子さんの起こした怪異に紛れて忍び込んだそれは、北中の現在の様子をはっきりと少年――曲月嘉乃に教えてくれた。
「戯れの時間はやがて遠い過去となり、朝はやがて夜となる。満月みちつきは欠け、炎は揺られ。光は闇へ、希望は絶望へ、栄光は没落へ」
 歌うように言葉を紡ぐと、嘉乃は目を閉じ彼女を呼んだ。
「神楽月」
「はい。マガツキさま」
 忽ち室内の空気が揺れ人形遣いが姿を現す。彼女は球体関節をカタカタと鳴らしてひざまづき、嘉乃の姿を仰ぎ見た。
「例のモノは既に量産段階。いつでも実戦投入可能。……【灯火】の布陣を崩すのも、時間の問題でございましょう」
 嘉乃はその報告に口角を上げにやりと笑い、金色の瞳を上機嫌に輝かせるのだった。

「期待してるよ神楽月。本当に本当に期待してる。だから僕に見せてみてね。――奴の顔が絶望に染まるところを、さ」

 清々しい青春の裏側で動き出した禍々しい月の陰謀。それは世に知れず人に知れず、しかし【灯火】は、そして【青薔薇】の魔女たちは知っている。
 遠からず起こる何かの予感に、火遠は夕空を仰ぎ見た。アルミレーナもまた別の場所で地平線の彼方から訪れる紫紺の闇を見つめていた。七瓜はそっと己の身体を抱き、魔鬼は預けられた言葉を抱いて立ち尽くす。八尾異は未来を予見しつつ沈黙を守り、幸福ヶ森幸呼は己の中の真実の重さに頭を抱える。
 烏貝乙瓜はそんな事など露知らず、三位の賞状を持って嬉し涙する秋刳を他の部員達と囲み、彼女とリレー代表三人の奮闘を讃えている。
 そんな美術部の集いから、小鳥眞虚が中座する。
 表向きは手洗いと告げて走り去った彼女は、昇降口へと辿り着き――そのまま気を失った。

 動き出す、動き出す。何かが一斉に動き出す。
 崩れる、崩れる。何かが一斉に崩れ出す。

 そんな始まりと終焉の気配を前に、遥か彼方で漆黒の魔女が笑うのだ。



(第十一談・幻想暴走フェスティバル・完)

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