怪事捜話
第十一談・幻想暴走フェスティバル②

 夏休みも終わり、九月一日。
 始業式が行われる古霊北中学校にはちょっぴり憂鬱な生徒たちが久々に集い、過ぎ去った夏の思い出話に花を咲かせたり咲かせなかったりしているのだった。
 中にはお決まりのように提出課題が終わっていないとわめく生徒や、憂鬱が深まりすぎたのか欠席の生徒も居るようだったが、それでも時間は進み続けるもの。一週間も経たないうちには秋のイベント・体育祭が待ち構えている。
 生徒たちは夏休み明け一発目のその行事にやる気を燃やしたり益々落ち込んだりしながら、各自長い二学期のスタートを切ったのであった。

「えぇ!? 髪切っちゃったのぉー?」
 始業式前の騒がしい教室の一角・残暑の風が吹き込む窓際の自分の席で、遊嬉が大げさな声を上げた。
 その視線の先――彼女が椅子の背もたれに腕掛けて振り返る真後ろの席には、白薙杏虎の姿がある。しかしその髪型は夏休み中までと異なり、長く尾を引いていた二つ縛りが消え、小ざっぱりとしたショートヘアへと変わっていた。
 以前の髪型は杏虎のトレードマークのようなものだったから、遊嬉が驚くのも仕方のない話である。
「折角長かったのにもったいなーーっ」
「そ? 体育祭近いから別にいいかなーって思ったんだけど」
 残念がる遊嬉に素っ気なく返し、杏虎は軽く頭を振った。
 その動作に釣られてふわりと動いた髪の毛はやはり短くて、遊嬉は「ああ……」と項垂うなだれた。
「つっても伸ばすの大変だったでしょー……?」
「いや別に伸ばすの目的にしてたわけじゃないし。ずっとほっといたらああなってただけだし」
「でーもさー……。うぅー……」
 唇をタコのように尖らせながら、遊嬉は釈然としない表情を浮かべた。
 正直な所、遊嬉はふっと見かけた杏虎の背後で所在なく揺れているあのしっぽ・・・たちをなんとなく眺めているのが好きだった。
 入学したばかりの頃はセミロング程度の長さだったというのに、いつの間にか超ロングと呼べるほどに伸びた髪の毛が杏虎の後をやや遅れてついて回っているのがなんだかおかしくて、密かに観察していたのだった。
(もう当分見れないのかぁ……)
 遊嬉は深く溜息を吐いた。杏虎はそんな彼女に不思議そうな視線を向け、何の気なしに「遊嬉が伸ばせばいいじゃん」等と言う。
 そうじゃないんだよなあ、と遊嬉は益々落ち込んだ。丁度その時、教室のどこかで「ふざけんな!」という聞き覚えのある声が聞こえたが、傷心の彼女はそれを徹底無視した。

 一方、その教室のどこか――遊嬉たちの窓際とは幾らか離れた廊下側の席では。

「なんなんだYOUユーたち! 自分は今裏切られた気分でいっぱいだよ……! まさか邪馬人やまとのみならずYOUにまで……! 世も末だ、世も末だよッ!」
 芝居がかった動作で乙瓜を指さし、王宮おうみやは演技臭くそう言った。
「おいまてふざけんな! ちげぇっつってんだろ!?」
 乙瓜はガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、王宮の言葉を否定する。
 その顔は部屋に漂う残暑の陽気の所為と言い切るには赤すぎて、まるで何かに焦っているように見えた。
 しかし今にでも王宮と物理的な喧嘩を始めそうな彼女を見て、斜め前の席から覗く天神坂がストップをかける。
「まあまて、落ち着けって烏貝! 王宮も……」
「…………」
 仲裁を受け、乙瓜はゆっくりと再び己の席へと腰を下ろした。
 だがその目は未だ王宮を睨んだままで、再び妙な事を言おうものなら容赦はしないという意志が明確に読み取れた。

 そもそも何故王宮が嘆き(しかも嫌味ったらしく)、乙瓜が怒るに至ったのかというと、それは腐れ縁の導きで席が近かった彼らが何の気なしに夏の思い出について語りはじめた事に端を発する。
「夏休みにどこに行ったか、或いは何をしたか」という他愛もない話題について、天神坂は部内の友人と山へ行った話の後、隣のクラスの丹波たんば麻幽美まゆみと遊んだ事をさらりと上げた。
 麻幽美は以前から天神坂と噂になっていた女子バスケ部の部員であり、夏休み前になってその噂を堂々と肯定した天神坂の彼女である。
 とはいえ天神坂は麻幽美と遊んだ事実を惚気のろけのように語る事は無く、「遊びに行った」の一言だけで締め、王宮へと話のバトンを渡した。
 思えばその時点で王宮の様子は少しおかしかったのだが、天神坂も乙瓜も大して気にせず、盆の間に富山の親戚宅へ行ったという妙に長い話を黙って聞いていた。
 話の雲行きが決定的に怪しくなったのは、乙瓜が話し始めてからだった。
 乙瓜が夏休み初日の祭に行った事を話した時、天神坂が思い出したように「あっ」と声を上げた。

「そういや麻幽美がお前の事見たって言ってたぞ。鳥居の所で男の子と居るところ見たよーって。……なんだお前ー、祭デートかよー」

 その何気ない言葉が切っ掛けであり諸悪の根源であった。
 王宮は何故か……というか完全にやっかみで嘆き出し、乙瓜がキレて現在に至る……というわけだ。
 ちなみに勿論麻の見た"男の子"というのは紛れもなく火遠の事である。
 待ち合わせ時間の思い違いについて揉めていた辺りを偶々目撃されていたのであった。

「だっから別にっ、……あいつとはそういうのじゃねえよ」
 先程の遣り取りで何人かが何事かと振り返ったのに気付き、乙瓜ははっとして声を潜めた。
 しかし王宮は相変わらずの調子で海外ドラマのような大げさなリアクションを返し、台詞を読み上げる様な声でこう言うのだった。
「何がそういうのなんだYOU……! バレンタインの頃は12、3歳で恋愛とか無いだろみたいな事を言ってた癖に寝返ったか……!」
「はっ、おまっ……、そんな昔に言われた事覚えてんのかよ!? ……気持ち悪っ!」
 あまりにもあんまりな発言に、乙瓜はさげすみとあわれみの視線を王宮に向けた。
 天神坂も「お前そういうのは不通にドン引きだからやめとけー」と呆れ気味だ。そもそも核爆弾を投下したのは自分であるというのに。
「くっ……YOUたちあんまりじゃないか……! 住んでる場所は殆ど同じなのに何故なにゆえ夏の過ごし方にここまで差が出る!? 不公平だと思わないかい!?」
 窮地に立たされた(勝手に立った)王宮は遂に机に両肘突いて頭を抱え、しかし尚も残念な台詞を吐き続けた。
 そんな彼に、乙瓜と天神坂は声を揃えて一言。「思わんよ」とだけ言って、彼から思い切り目を逸らした。
 開いた窓の隙間を縫って、夏の忘れ物のようなミンミンゼミの合唱が聞こえてくる。
 王宮はその合唱に負けじとばかりに「リア充爆発しろ」と念仏のように唱え、それは担任教師が階下から教室に現れるまで続いた。
 こんな彼がこの学校の次期生徒会長最有力候補なのだから、世の中はまだまだ平和といえよう。


 学期の初めの一日とはいえ、授業はあったりするわけで。乙瓜たち二年一組では当たり前のように国語と理科と美術の授業があった。
 授業と言っても殆ど課題提出がメインで、国語では読書感想文と復習プリント集が、理科では自由研究や発明工夫の成果物が、そして美術ではポスターコンクールの募集作品がそれぞれ回収された。
 もうどうしようもない理科や美術の課題と違い、読書感想文等は隣のクラスの悪友の課題をそのままそっくり写して提出するという外道な最終手段が残されてはいるが、殆ど時間を置かずに二組でも感想文が回収された為、その手段は封印されてしまった。
 そんなわけで「宿題やってない」勢を徹底的に追い詰めた後、いよいよ体育祭へ向けての活動が開始された。
 今年の体育祭は三年一組・二年一組が赤、三年二組・二年二組が青。実質クラスマッチであるが、三クラスある一年生は都合上各クラス内で半分ずつ赤と青に別れてしまっていてちょっぴり可哀想な事になっているのだった。
 ともあれグラウンドにて改めて団結式・各団団長が優勝への意気込みを語った頃には士気は十分、クラスメートだろうが部活仲間であろうが関係なく両団の間には闘争の火花が飛ぶのだった。

「それで明菜ちゃんたちは誰が何団なの?」
「えっと。私が青団、柚葉も青団、ユエミちゃん音色ちゃんムスビちゃんとかおちゃんが赤団です」
 移動中に偶々魔鬼と目が合った明菜は、グラウンドのあちこちに散らばる部内同期を思い浮かべながらそう言った。
 入部したての頃は柚葉しか下の名前で呼べなかった彼女だが、夏休みと夏の合宿を経た今となっては他の皆も下の名前で呼べる関係になったのだった。
 その些細な、しかし大きな変化は魔鬼にも伝わった。他人事ながらちょっぴり嬉しくなった魔鬼は笑みを零すと、明菜の肩をポンと叩いた。
「そっか。私も青だから一緒にがんばろ。二年も赤のが多いけど、遠慮しちゃあ駄目だかんね!」
「……! はいっ!」
 明菜は大きく頷いた後で同じ団の他の同級生たちが呼ぶ声に気付き、魔鬼にペコリと一礼してその場を去って行った。
 魔鬼はそんな明菜に手を振って、ふと、何の気なしに校舎の方を見た。
 殆ど全ての生徒が校庭に出ている為、見上げる校舎はしんと静まり返っている。
 しかし、そんな校舎の何処かに何故だか騒がしいような気配を感じ、魔鬼は「?」と首を傾げた。
(花子さんたちが何かやってるのかな?)
 そうは思うが、その時の魔鬼は未だ予想していなかった。まさか花子さんたち学校妖怪がとんでもない企てをしているだなんて。
 だから特に気にも留めず、校舎外壁の時計だけを確認し。彼女もまた己を呼ぶクラスメートの声に従うのだった。

 問題の体育祭まで、あと五日――。

HOME