怪事廻話
第十二環・廻る星のどこかで①

 新年はするりと訪れた。
 年明けに方々から親戚が訪れたり、また反対に親戚宅に出向いて挨拶したりする波が一旦落ち着いた三が日明け、冬休み明け前。乙瓜はふと思い立って、「初詣行かね?」といつもの彼女らにメールを送った。
 深世からは塾があるからと、遊嬉からは親戚の集まりが終わっていないからと断られたが、残る杏虎、眞虚、魔鬼からは特に断られなかったので、四人で行くことになった。
 そして彼女らは適当な待ち合わせ場所を決めて、集まって。折角なのでと町内の三神社を梯子して回った。流石に三が日の最中ほどではないだろうが、どこも平時より人が多く、一周し終えた頃にはもうすっかり夕方だった。
 当然の如く、その中で鬼伐山斬子や八尾異らとも顔を合わせた。
 乙瓜らが三神社全部周っていると話したら、斬子は「どれか一つに決めないとばちがあたるよー」と冗談めかして笑い、異は「欲張るといいことないよ」と、ニコニコしながら御守りを手渡した。勿論無料サービスではなく、五百円の。合格祈願の御守り。ちゃっかりしている。
 一応、童淵神社の神主の家系にも童河わらべがわ和憲かずのりという同級生がいて、実際授与所の手伝いをしている姿を見て軽い挨拶くらいはしているのだが、和憲自身が元々それほどおしゃべりな性質たちではないので、挨拶以外は特に会話らしい会話はなかった。ただ、家業の繋がりから斬子や異とは幼馴染の関係らしく、美術部のあれこれに関してはもしかしたら他の同級生より知っているところもあるかもしれない。
 あくまでもしかしたら、ではあるが。

 そしてあっという間に三学期となり、一月の半ばから方々で私立入試が始まった。
 第一志望にしろ所謂滑り止めにしろ、試験本番の訪れに、流石に誰もが気を引き締めているようだった。元美術部らもそれぞれ二、三校受験した。
「やれた……ような気がする。けれど本当にミスしてないか自信ない。そもそも名前ちゃんと書いたっけとか、提出してから気になってくる……」
 最初の試験が終わった後の最初の登校日、まだ生徒らが出揃う前に出くわした王宮に手応えを問われた乙瓜は渋い面持ちでそう答えた。時間中は紙に穴が開くほど見直したつもりでも、終ってから気になってくるのはよくある真理だろう。乙瓜はまさにそんな気持ちだった。
 王宮はそんな不安を聞いて「はは」と笑った。そして言うのだ。「ならYOUユーはそれだけ自信があったんだろう」と。
「精一杯やって落ちるよりは出来なかったと思って落ちた方がダメージは少ないだろうし、出来なかったと思ったところが覆って受かっていたら嬉しいだろう? 人間の自然な防御反応だよ。まあきっとYOUなら多分大丈夫さ。この自分が認めたライバルだからな! はっはっは!」
「……そんな話初耳だぞ?」
 乙瓜はなにいってんだこいつと思いながら、けれども王宮の弁の前半部分……というか前三分の二分部には納得していた。防御反応。確かに言われてみればそうかもしれない。実際答えが何一つわからなかったという意味での不安はなく、ケアレスミスを心配している自分に、乙瓜は気付く。
「なんか、……お前元気づけようとしてるのか?」
「当たり前だろう! 今更気づくとは遅いぞ烏貝乙瓜! 生徒を見守り励ますのも生徒会長だからな! あがたてまつるがよいぞ!」
だろ。元生徒会長」
 乙瓜は呆れ、けれども口許に微笑をたたえ。不安はまったくなくなったわけではないが、けれども少しだけ心が軽くなったような気がした。
 後の時間に話す機会を得た元美術部の誰もが同様の不安を口にしていた。けれどやはり彼女らもやれるだけのことはやったという様子で、乙瓜はきっとみんな大丈夫だと思った。

 きっと。行く場所は違うけれども。

 試験の結果が出たのは翌二月だった。またその頃になると推薦入試の結果も続々と判明する。学年内にはひとまず高校生にはなれることの安心に胸をなでおろす者が出始め、その一方で思う通りの結界にならずに肩を落としたり涙したり、どうしようと頭を抱える者も散見されるようになった。
 その中で元美術部はというと、全員一応どこかしらの私立には受かっており、これで一応全員高校生になれることが担保されていた。とはいえ三月頭には県立入試が控えており、県立校を本命に据えている何人かはまだ完全に安心とは言えないだろう。乙瓜や深世、眞虚に杏虎などがそうである。
 だが私立入試で一定の実力が担保された今、彼女らの胸にそこまで大きな不安はなかった。少しだけ肩肘張った気持ちが抜けて、一旦リラックスしてから最後の試験に望もう、といった心境に、するりと以降することができたのだった。……無論、緩み過ぎには気を付けようと自戒しつつ。
 その頃になれば、もう学校に来てやることは通常の授業ではなく、自習やあるいは思い出づくりのような軽い授業だったりが殆どとなっていた。皆最後の一ヶ月に思い出を刻むように今までよりも語り合ったり、もう進路が決してしまった生徒たちは幼い子供のようにはしゃぎ合ったりして。その一方で楽し気なクラスメートをよそに涙を拭い拭い県立入試に全てを賭ける生徒がいて。泣いても笑っても、一日一日は着々と過ぎて行った。

 元美術部らの卒業制作が完成したのは、そんな日々の中。二月の中旬を少し過ぎた昼休みの頃だった。

 完成し乾燥した絵を窓側に立てかけて、言い出しっぺの遊嬉は満足そうに「うん!」と頷いた。
「みんなのお陰ですごいのが出来た。ありがとう!」
 満足げに言って振り返る遊嬉を見て、残りの五人はそれぞれの感想を口々に述べる。
「そりゃあたしらが力合わせたらこれくらい当然っしょ」と、杏虎が。
「卒業までに完成させられてよかったね」眞虚が。
「しっかしまあ時間見繕ってやってたとはいえ四ヶ月? 五ヶ月? 大作じゃん」魔鬼が。
「もっと部活引退するまでにちゃんと絵描いてたらよかったな」乙瓜が。
「……一番作品作ってなかった上にお化け退治とかいう謎概念を部活に持ち込んだお前らが言うなよ」深世が。
「まあまあいいじゃんいいじゃん。深世さんだってなんだかんだ面白かったでしょ?」遊嬉が。
 ニヤニヤして言う彼女を見て、深世は咄嗟に言い返そうとして。
「いや面白――」
 面白くなんか、と言いかけた言葉を途中で区切り、それから少し不本意そうに、けれどまんざらでもなさそうにもごもごと言った。
「っ……くはないけど、まあ、……悪くはなかったよ」
 悪くはなかった、と。そのとき深世の脳裏には、秋に別れたほとりや雷獣、夜雀兄弟らの姿が浮かんでいた。決して楽しいことばかりではなかったけれど、彼ら彼女らに出会えたことは、深世にとっては悪いことではなかった。寧ろ良いことだった。
 遊嬉は途中で言葉の勢いに急ブレーキをかけた深世を見てきょとんとして、それから察したように「ははーん?」と呟いて、再び口角を上げた。
「ツンデレだなあ深世さんは~」
「だーれがツンデレなもんかよ!? 違うからな? 違うからなッ!」
 そうして深世が顔を真っ赤にして遊嬉に突っかかる様を見て、後の四人はそれぞれ顔を見合わせて、各々「しょうがないなあ」という表情を浮かべた。
「……あれだな。こいつら本当に仲良し」
「うん。小学校からずっとあんなかんじ」
 呆れるような微笑ましいような顔で呟く乙瓜に、魔鬼が頷き一つ肯定する。
「なーんかさ。ああいうの見てるともうすぐ学校変わって、毎日は会えなくなるって気があんまりしなくなってくる」
「あは、そうだね」
 頭の後ろで手を組んで背筋を伸ばす杏虎に眞虚がクスリと笑って答え、それから少し寂しそうに言った。「ねえ杏虎ちゃん」と。
「高校生になっても、美術部また一緒に遊べるよね。これが最後のお別れじゃないよね」
「……? 当たり前じゃん」
 杏虎は首をかしげた後で「どうしてそんなこと聞くの?」と言わんばかりの調子で答え、言葉を続けた。
「まず眞虚ちゃんはさ、あたしと志望校一緒だから、受かってたら毎日会えるっしょ? で、みんなはそれぞれ高校バラバラのところにあるけど、住んでる町は一緒じゃん。だから会おうと思う限りは会えるよ。つか会いに行くし? 眞虚ちゃんもそうでしょ?」
 すんなりと言って、違う? とばかりに視線を向ける。眞虚はそんな杏虎の視線にポカンとして、それから憂いを吹き飛ばすような顔で「うん」と頷いた。
「そうだね!」
 眞虚が明るくそう言った直後、深世の照れ隠し・・・・の怒りをのらりくらりとやり過ごした遊嬉が、思い出したように「あっ!」声を上げる。
 それから小走りで棚に向かい、油性カラーサインペンの箱を取ってくると、一人一人に適当な色のペンを強引に持たせ、こう言った。
「キャンバスの裏っかわにサインしとこうぜ! 将来の後輩らが消しにくくなるように!」
「……おいそれ嫌がらせじゃね? 私らだって先輩の代からずっと塗りつぶして使い回してるわけじゃん、……表はまた塗りつぶせばいいとしてもさあ、裏面に勝手なサインとか残していいもんかなぁ?」
 ニッコリと遊嬉が告げた後で、苦言を呈するのはやはり深世である。けれども遊嬉は「気にすんな気にすんな」と肩を竦める。
「みえないとこだから気にしない子は気にしないって。それにどうせこれが塗りつぶされる頃にはあたしら居ないんだからさ。なんか名前とか書いてあっても変な落書きで終わるって。だいじょぶだいじょぶ。いいからいいから」
「……む。それも……そうか? そうなのか?」
 深世は首を傾げるが、結局は遊嬉の勢いに負けてそれ以上何も言えなかった。というかペンを持った皆が既にその気でサインを始めてしまったので仕方ないなと諦めた。
 皆それぞれの色で名前を書いて、最後に遊嬉が調子に乗って空いた場所に意味深なポエムを書き出した。それ自体には大した意味はなくて、ただ漫画やらゲームやらによくある『意味深な絵画と意味深な碑文』的なものにしたかっただけだと、本人がそう自白した。要するに悪ノリである。もしも遊嬉の思惑通り絵とポエムが塗り潰されず残ったとして、今より少し大人になった遊嬉がそれを見る機会があったとするなら……恐らく恥ずかしさに悶絶することだろう。だがそれもまた思い出である。
 しかしそんなことなどまだ考え付かない彼女は、清々しい顔で「北中美術部という我々伝説の存在が後世に残ることだろう」なんて御大層にのたまっている。やはり深世に多大なツッコミを受けながら。「なーにが伝説の存在だ」と。
 けれど一つの大きな仕事が終わったことについては、皆揃って同じ気持ちだった。
 喜び、安堵し、……それからふと、もう自分たちがこの学校に通う日が残り少ないことを改めて自覚し――思い出す。
 そういえば、と。
 卒業してもまだ時間さえあれば気楽に会えそうな仲間がいる一方、卒業したら簡単に会えなくなる仲間がいるではないか、と。
「学校妖怪たち」
 その断片として乙瓜が呟いたのと、彼女らが動き出したのは殆ど同時だった。

 今の内だからこそ会って話したい仲間が居ることを。元美術部らは思い出したのだ。

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