怪事戯話
第二怪・見ずの訪れ、水の音すれば⑤

「お、おまええええ! 火遠!」
 魔鬼がびしっと指差す先に浮く火遠は、その場にいる美術部員一年全員を舐めるようにゆっくり見渡すと、「なるほどね」とまったく噛み合っていない一言を吐いた。
「何がなるほどね、だこの野郎! なんか美術室めちゃくちゃになってんぞ、いったいどう収集つけるつもりだ馬鹿ぁ!!!」
「いーや別にぃ。思った感想を素直に述べたまでさ」
 火遠は悪戯っぽくにやつきながらその場でくるりと魔鬼に背を向け、何が何だかわからない顔でぽかんと見上げている美術部員たちを見下ろした。
 昨日の出来事を知らない、乙瓜と魔鬼を除く四人にとっては唐突でさっぱりわけのわからない登場人物である彼は、数秒考えるようなしぐさをした後口を開く。
「率直に聞こうか。まさかとは思うけど俺のことを人間だと思ってる馬鹿はここにはいないよねえ?」
 ちょ、それストレートすぎるだろ、と乙瓜は心の中で激しくツッコミを入れたが、四人はとてもそんな余裕なんてないように固まっている。しかしそれも少しの間だけで、わずかな沈黙の後、教師に質問をする生徒のように遊嬉がおずおずと手を挙げる。
「はいそこ。言ってみな」
 火遠が面白がって教師っぽく遊嬉を当ててやると、遊嬉は恐る恐る発言した。
「……もしかして……おばけ?」
「ハイィ!? お化けェっ!!?」
 その言葉に反応して深世が遊嬉と火遠を交互に見比べる。怖がりな深世の脳内は火遠それがお化けであるかないかに考えが及ぶことを頑なに拒んでいたようで、言葉に出されてはじめてやっと認識してしまったようだ。目の前にいる宙に浮いている人型のモノは「お化け」であると。
「お化け……おば……あばばばば」
 きゅー。
 お化けの存在を認めてしまったことが恐怖のボーダーを突破してしまったらしく、深世は目をマンガみたいにぐるぐるにしてばったりと倒れた。
 しかし、お化けの存在を知って気絶なんてしてしまったのは後にも先にも彼女だけで、ほかの二人はまるでヒーローショーで憧れのヒーローを見る子供のようなキラキラした目で火遠を見つめている。
 なんだかんだ言って不思議なもの好きの集まった美術部一年にとって、火遠は狭いテレビの画面から飛び出してきたヒーローやアニメのキャラクター達となんら変わらない存在に映ったようだ。
「ほ、本当に!? 本当にお化け!? なんてやつ!??」
「びっくりだけどすごいかも!! ねえ、名前は?」
 純真な目で飛びついて行く杏虎と眞虚に、魔鬼と乙瓜はただ呆気にとられてみているだけしかできなかった。おいおい、そいつはヒーローとかアニメのキャラみたいな良さげな存在じゃないぞ。現に昨日なんて……と口に出してやろうかとも思ったが、杏虎と眞虚が楽しそうなのでやめておいた。
 ……止そう。子供の夢を壊すのは。かく思う二人もまたついこの間までランドセル背負っていた子供である。

「……って、いうかさあ」
 はしゃぐ杏虎眞虚とは反対に、遊嬉は先ほどの恐る恐るはどこへか、妙に冷静な口調で切り出す。
「っはー。そりゃまあ私もずっと話の種にしてたお化けが出てきてうれしーっちゃ嬉しいけども。そのお化けが突然現れて一体何の用事? さっきの青いのと何か関係あるわけ? ……あるんでしょ、赤いお化けさん」
 しん。
 遊嬉の言葉があまりにも真理すぎてはしゃいでいた二人と静観していた二人はどちらも我に返る。そうだ、そういえばこいつが姿を現した理由、まだ知らない。ちなみに倒れている一人のことは置いておく。
「なんだ、まともに話せるのいるじゃん。嬉しいよ」
 火遠は遊嬉の前にすっと降りてくると、ぺこり、と。意外にも紳士的に一礼した。
「草萼火遠だよ、お嬢ちゃん」
「あたしは遊嬉。戮飢遊嬉」

 魔鬼は昨日起こった事、そして乙瓜は先ほど起こった事と現れた青色の少年のことについて美術部員に説明した。ちなみにここまで深世はまだ伸びている。
「へー、話はわかった。つまりさっきの子供も妖怪で、あんたの弟」
 遊嬉がスケッチブックの端に書いたメモをシャープペンシルでなぞりながら説明された状況を整理する。
「それで、その弟を倒せば学校に開いた大霊道の封印が一つ進む、そういうことでオーケー?」
「ま、そういうことになるねぇ」
 火遠はのんきな返事を返す。自分の弟の事だろうに、と乙瓜は肘鉄を入れるがまったく効いていない。妖怪の防御力おそるべし。
「てゆーか、その弟を含めて学校の中にいるお化けの類を倒さなくちゃならないんでしょ。それってだいじょぶなん? あたしら只の人間に対抗力ないってゆーか、出くわしてもなーんにもできないじゃん」
 髪をいじくりながら杏虎がもっともらしく言う。確かに。乙瓜は何にもできなかった先ほどのことを思い出し「そうだそうだ」と杏子の意見に追従しておく。
 火遠は深いため息をつき、「だから使い方教えるの忘れたって言ったじゃないか」と申し訳なさの欠片もないように言うと、遊嬉からシャープペンシルを借りてスケッチブックに何やら描き始めた。まるで頭の中に図面が完璧に入っているように、意味があるのかないのかわからない模様を描き進める。最終的に、スケッチブックには五芒星ごぼうせいを中心に広がる不思議な図が描きあがった。
「なにこれ」
 遊嬉が疑わしげに見るそれに、乙瓜は見覚えがあった。
「さっきの札の模様……?」
 乙瓜の言葉を待っていましたとでも言うように火遠はぱちんと指を鳴らす。正解のようだ。
「ご名答。これと同じ模様をコピーでも模写でもなんでもいいから大量に用意してもらうよ」
 火遠は続ける。
「一時的に水祢を遠くへ飛ばしたけど、じきに戻ってくる。戻ってきたときが決戦の時さ。次は護符これで決めるよ」
 スケッチブックのページを剥がし、模様の周りを長方形に折りたたむと、火遠はにぃと笑った。

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