怪事捜話
第九談・盛暑青海サマーデイ⑤

 準備片付け含めて夕食の時間も過ぎ去り、外にはすっかり闇のとばりが落ちていた。
 晴れた空には星々が輝き、網戸から漏れ聞こえる虫の音が夏の夜を引き立てる。
 その夜の彼方から、時折かすかな潮の音が聞こえてくる。
 ざざん、ざざんと、寄せては引いて、引いては寄せる、静かに規則的に繰り返す波の音が。灯り一つない闇の水平線の彼方から響いていた。

「海近くで取材旅行ってことは、次回作は海の怪談ですかいね?」
 9時を過ぎて食堂に下りて来た遊嬉は、客室にも戻らないでぼんやりとテレビを眺めている狩口夫妻に向けてそう言った。
 狩口はそんな遊嬉に振り返り、「それは内緒」と目を細めた。
 その口元は見慣れたマスクによってすっかり隠されてしまっているが、薄い布越しにニッと微笑んでいるだろうことは容易に想像できた。
「売り物だもの。それは買ってのお楽しみってことで」
「ちぇーっ」
 不満の声を漏らしながら徐に冷蔵庫を開けると、遊嬉はその中から小さな青い瓶を取り出した。
 それはラムネの瓶である。昼間の内に遊嬉が隠しておいたのだ。
 彼女は瓶を平行な机の上へと置くと、飲み口を塞ぐビー玉にラムネ明けを当てて「んっ」と力を込める。
 一瞬の後、涼し気な音と共にビー玉が落ち、内の炭酸がシュワシュワと溢れ出す。
 その溢れた分を惜しそうに拭き取る遊嬉を見て、狩口はクスッと笑いを零した。
 傍らの狩口夫も、微笑ましいと言わんばかりの表情を浮かべている。遊嬉はそんな二人の反応にほんの少しむくれた。
 テレビの中ではお馴染の雛段芸人たちが内輪トークに華を咲かせている。
 そんな賑やかな様子とは対照的に、遊嬉と狩口夫妻しか居ないこの食堂は静かなものだった。
 遊嬉以外の美術部員は皆客室だ。
 遊嬉が抜け出た時はゴロゴロしながらテレビを見ていたが、何やらトランプでもしようという流れになっていたので、恐らく今頃は勝負に興じている事だろう。
 風呂場の方から聞こえてくる声は、夕方にやってきた二組の親子連れ客のどちらかだ。
 時折漏れ聞こえてくる親子の楽しそうな笑い声を聞いていると、遊嬉は自然とほっこりとした気持ちになるのだった。
 狩口もまたそんな声を聞きながら、のんびりとした口調で「平和ねえ」と漏らす。そして己の夫に視線を向けて意味ありげに目を細め、これまた意味ありげな調子でこう言った。
「……あの話、していいと思う?」と。
 狩口夫はそれに苦笑いを返し、しかし「君がいいと思うなら」と肯定を返す。狩口はそれに微笑み、「やったね」と視線を遊嬉へと戻す。
 そして夫婦による謎のやり取りに首を傾げている遊嬉へ向かって一言。

「ねえ遊嬉ちゃん。おばちゃんが取材してきた怖い話、聞かせたげよっか?」

 刹那、遊嬉の背筋がピンと伸びた。
 一瞬前までの猫背が嘘のようにシャキッとした彼女は、やけに畏まった様子で狩口に向き直り、キリリとした表情で「是非!」と頭を下げるのだった。

 そこから狩口梢の語った『怖い話』とは、次のようなものだった。

 ――月のない夜、或いは月の遅い夜に暗い海辺を一人とぼとぼと歩いていると、海から呼ばれる・・・・・・・と云う。
 そんな『いかにも』な伝承ハナシが、この近辺の海岸でひっそりと語り継がれていると聞いて、狩口はこの海辺の町に足を運んだ。
 伝手を辿って何人かに聞いてみれば、皆して『家の爺様(或いは婆様)の方が詳しい』と言うので、彼女は紹介された老人の家を一件一件訪問することとなった。急な訪問となってしまったが、狩口のタイミングが良かったのか、丁度話し相手でも欲しかった頃合いだったのだろう。
 訪問先の老人たちは、皆快く取材に応じてくれたそうだ。
 そして二日かけて全ての家を訪問し、彼女が聞き出したところによると、『海の伝承』は単なる伝承なんてモノではなく、どうやら『事実』であるらしいのだ。
 多くの老人が口裏を合わせたように「本当にある話だ」と言い、水を得た魚の如く己の体験を語りだすのである。

 ある者は、夜釣りの帰りに聞いたと言う。
 ある者は、若い時分に恋人との逢瀬を待つ間に聞いたと言う。
 ……生活が苦しくなって、死を考えた時に聞いたと言う者も居た。

 しかし何故そんな事が起こるのか、その謂れについて尋ねてみると、殆ど皆押し黙ってしまうのだった。
 ――唯一、最後に話を聞くこととなった老婆を除いて。
 90を超えたその老婆は、町の外れにある小さな家にたった一人で暮らしていた。
 彼女は漁師の家の生まれであると語り、父と兄の乗っていた漁船が沈んでしまい、悲しみに暮れて一人浜辺を彷徨さまよっていた際にその声を聞いたのだと言う。

「だンれも居ない海の方から、おいで、おいでと聞こえるンです。男か女か……若者か年寄か……それはわからねがったですが。ンだけんど、呼ばる声が聞こえたんでさ……」
 老婆はそう言って涙ぐんだ。そんな彼女を見て、狩口は考えた。
 今まで話を聞いた老人たちの中では最も高齢であるにも関わらず、この老婆の受け答えはしっかりとしており、非情に矍鑠かくしゃくとしている。
 もしかしたら彼女なら、何か他の老人たちの知らぬ海の怪異の謂れを知っているのではないか、と。
 そんな期待を込めて、狩口は問う。
「声の正体は何なのでしょうか」
 すると老婆はたるんだまぶたをカッと見開き、くすんだ色の瞳をぎらぎらと輝かせ、そしてこう答えたのだと云う。

「ありゃあ、"人"です。姿は見えねけんど、人、なんです。あっちこっちから流れて来て、海さ溶けて混ぜこぜになった、人々の"想い"。それが……真っ暗な夜だけ戻ってくるンです。……海ン中はそれはそれは暗くておっかなくて、寂しい。ンだから、まっくれぇ夜に一人でふらふら歩いてるようた人を誘うンだと。……おらの爺様が、そう言っでました」

 老婆は確かな口調でそう告げた後、瞼を落としてこう続けたのだった。
「…………おらは、海に入らなかったから。呼ばれた大半の者は、海に入らなかったから、助かりました。……けンど、時々。居るンです。…………連れてかれちまう者が。……おらの友達も、二人…………」
 老婆の目には、大粒の涙が浮かんでいた――。

「――そんなに怖くないですね?」
 大方を語り終えた狩口に対し、遊嬉は随分と不遜な感想を漏らした。
 眉は不満げに寄せられ、口はへの字に曲がっている。……話を聞かせてもらってあんまりな態度だが、怖い物を半端に知りすぎた中学生らしいと言えば確かに、と言った具合である。
「あーら、そうかしらね?」
 狩口はそんな遊嬉を見てさも可笑しそうにクスクスと零し、目元にニンマリとした笑みを浮かべた。狩口夫も苦笑いを一つ零し、遊嬉を見据えて口を開いた。
「遊嬉ちゃんはつよいなあ。僕なんかにはこれでも十分怖い話だよ」
 だって――と。そこで一旦言葉を区切って、彼はふっと遊嬉から視線を外し、暗い窓の向こうへと目を遣った。遊嬉も釣られてそれを見る。
 外灯も無く真っ暗な夜に閉ざされたその先には、海がある。
 昼間こそ爽やかな青の広がる美しい景色は不気味な闇色に染まり、不明瞭な視界の向こうからそっと響く潮の音は視えざる魔物の唸り声のようでもある。
 そんな海を見つめながら、彼は呟くように言った。

「不安になるじゃないか。あの海全部が"人"だったら、なんて考えたら」

 そして彼は机上のコップを傾け、ただの水をコクリと呷る。狩口はそんな夫を見て楽し気に目を細めている。
 遊嬉はというと、未だに目を離せずにいた。暗い屋外と海の広がる窓外から。
 窓の外は、真っ暗だ。それは外灯が無い為でもあるのだが、何より今日は月が無い・・・・のだ。
 しかし空には雲一つ無く、新月まではまだ数日の猶予がある。……暁月ぎょうげつだ。今晩の月の出は明日の未明なのだ。

 ――月のない夜、或いは月の遅い夜に暗い海辺を一人とぼとぼと歩いていると、海から呼ばれる。

 遊嬉は狩口の話の冒頭を思い出し、背筋にぞわりと冷たいものが走るのを感じた。
 今晩の空には月が無い。星はあれども頼りなく、夜の海辺はあちら・・・こちら・・・の区別もつかない。
 此岸しがん彼岸ひがんの区別も付かない……!
 そんな頼りない世界の彼方から、「おいでおいで」と得体の知れない誰かが呼ぶ。釣られ振り返った先には、巨大な"人"が虚ろへの入口をぽっかりと開けて待っている――。
 ……そんな恐ろしい想像を巡らせた後、遊嬉はふと気付いた。
(まてよ、何か……おかしい)
 見つめる窓外は相変わらず闇一色に染まっている。一点の光すら見えない・・・・・・・・・・
(……いや、いやいやいやいや。おかしいじゃん。おかしいじゃんよ。だってここ、港町なんだから。例え新月でも雨でも曇りでも、……光が無いのはおかしいんだよ)
 そう。遊嬉は気づいてしまった。その決定的な違和感に気付いてしまったのだ。ある筈のものが無い事に。見える筈のものが見えないの事に……!
 そして彼女は、自分を置いたまま和やかに談笑する狩口夫妻に向かって、恐る恐る、震える声で尋ねるのだった。

「あのさ狩口さん……灯台って、明かり点けない時って……あるんですか……?」



 一方二階の客室では、風呂場が空くまでの暇つぶしと、案の定トランプ勝負に興じる美術部五人の姿があった。
 勝負の内容はページワン。去年の夏合宿で杏虎と眞虚が遊んでいたゲームだ。
 あの時は魔鬼が部屋に戻って来た時の一瞬だけ集中が切れたことで杏虎が負けたが、あの一件以来用心深くなったのか、卓を囲ってこの方"宣言ミス"での敗北は一度もしていない。
 だがそれは普段から部活の暇を縫ってトランプをしている他の四人にも言えることで、勝負は自然、如何に相手の気を反らして思考を妨害するかという心理戦へと発展していった。
「そういえば遊嬉ちゃん戻ってこないね?」
 山札に手を伸ばしながら、徐に眞虚は言った。無論、皆の気を逸らす為の雑談である。
 彼女は引き当てたクラブの2を見て少し残念そうに眉を下げ、それを提示しながら皆の顔に目を遣った。
 ちなみにこの時点ではまだ新しいゲームが始まったばかりで眞虚の手札は残り五枚、台札はクラブの6である。
 次の順の乙瓜は眞虚の言葉に「知らんよ」と返し、勝ち誇った顔でクラブの8を示す。残り四枚。
「一人だけ飲み物でも隠してて、こっそり飲んでたりしてな?」
 乙瓜は軽く首を傾げ、次の順番の深世を見た。深世は乙瓜の出したカードにフフンと鼻を鳴らすと、得意げな顔でクラブの9を提示して見せた。
「いやあ悪いねー」
 深世はニヤニヤしながら言うと、客室の扉をチラリと見遣った。エアコンの冷気を逃さぬようにピタリと閉じられているその向こうには人気はなく、遊嬉が戻って来た様子もない。
 一体何しに出て行ったんだか。そう思って溜息を吐きつつ、深世は杏虎に視線を送った。
 杏虎は黙ってクラブの7を出すと、少し考えたようにしてから口を開いた。

「そういやさー、この辺の海にちょっとした怪談があるって知ってる?」



 世の平均的な家の風呂場よりは幾らか広い……それでも旅館にある大浴場とまでは行かない広さのその場所に、乙瓜、魔鬼、そして深世の三人は居た。
 周囲には浴槽から溢れる白い湯煙がもやのように立ち込め、立てる音の一つ一つが静かに反響している。
「っていうか! ああいうゲームの途中で不意打ち気味に怪談始めるのは反則だと思う!」
 洗髪をしながら憎々しげにそう吐いたのは深世だった。杏虎が始めた海の怪談に心乱され、先程のページワンで一人負けしたのをまだ根に持っているらしい。
「怪談の所為にすんなよー。寧ろ慣れたとか言いつつビビりまくりの深世さんが悪いんじゃんかー」
「そーそー。キョドって手札ひっくり返して皆に妨害されたからって、怪談の所為にすんなよなー」
 深世と横並びで体を洗っている魔鬼と乙瓜が口々に言う。薄らと日焼け跡のついた肌を泡で擦る彼女らをジトリと睨み、シャンプーの泡を流し始めた。
「……それが折角怪談話だらけの生活から逃れられたと思ったこの部長に対する仕打ちなの? 許されざる事だよ? 許されざる事なんだよ? 大体何なのあの水着……。みんなあんなのなら私も……いいや駄目だ……でも…………うう……」
 シャワーの音に混ぜるようにブツブツと言う深世を見て、キョトンとした顔の魔鬼が言う。
「朝から思ってたけど深世さん今日ちょっとテンションおかしいよ?」
「いつもだろ」
 乙瓜は魔鬼の呟きに即答すると、体の泡を洗い流して濡髪をタオルに纏め、一足早く浴槽へと向かった。
 その背中には、相変わらず大きな傷跡が残っている。
 傷を負ってから年月が経っている為か、あまりグロテスクなものではないが、稲妻を裂くような跡は肌の他の部分と比べて明らかに浮いており、年頃の少女が背負うにしては随分と酷なものだった。
 しかし、それに好奇の視線を向ける者はこの場には居ない。昼の海岸では何人かが振り返ったものの、当の本人は傷跡より水着の方を気にしていた為に哀れみと奇異の視線に気付いておらず、殆どノーダメージであった。
 そんな傷を暖かい湯に沈めながら、乙瓜はふっと気持ちよさそうに息を吐き、浴槽の壁に寄り掛かって目を瞑った。
 そしてたっぷり5秒は数えた頃に目を開き、靄がかる天上を見上げながら呟いた。

「でも、この気配は――」


 同じ頃、風呂場の交代待ちで客室に留まっていた杏虎は、何をするともなく窓辺に手を付き、暗い屋外を見つめていた。
 眞虚は敷いた布団の上で体育座りし、持ってきていた文庫本の文字列に目を走らせている。
 遊嬉はまだ戻ってきていない。もうとうに10時を回っているというのに、一体何をしに行ったのだろうか。
 ……とまあ一応の心配をしつつも、どうせあの遊嬉の事だ。食堂でこっそり何かつまんでいるか、女将の所にでも行っているのだろうと考え、さして不安にも思っていない二人であった。恐らく魔鬼や乙瓜、深世もまた同じような考えであろう。
 ――遊嬉の事なら心配ない。杏虎は思う。
 仮にこの暗い中一人でコンビニに出掛けたんだとしても、その途中で不良にでも絡まれていたとしても。妖怪との契約で人間離れした運動能力を持ち、最悪の場合嶽木と言う最強の用心棒を召喚できる彼女に於いては何も心配することは無かろう、と。
 しかし一方で杏虎は心配していた。
 友人の事ではない。この見据える窓の先に広がる真っ闇の夜について心配していた。
(おかしいよな、やっぱ。おかしいよな。民宿ここの前の道は国道なのに車一台通らないし、他にもある筈の建物の明かりがまるで見えない。港町だってのに、灯台の明かりすら見えないってなるといよいよ異常事態だ。それに――)
 杏虎は耳を澄ませた。
 ある時期からこの世ならざる音を捉えるようになった彼女の鼓膜は、窓硝子の向こう側から幽かに聞こえてくるその音を捕まえていた。

 ――おいで、おいで。

 窓の外から、小さく、小さく。何かが呼んでいる声がする。
 それは杏虎が何処かで聞きかじった怪談の内容と符合しており――同じころ遊嬉が狩口から聞いた伝承の内容に合致していた。
「……いやいや、行かないってば」
 独り言のように呟く杏虎の言葉はしかし、あまりに静かすぎるこの室内に於いて、眞虚の耳まではっきりと届いた。
 眞虚は文庫本から顔を上げると、「何か聞こえる?」と杏虎に目を向けた。
 杏虎は小さく溜息一つ、うんざりした様な顔で振り返り、コクリと一度頭を降った。
「さっき話してた怪談と同じ。おいでおいでって声が呼んでる」
 窓に背を向け後ろ手にカーテンを引く杏虎を見て、眞虚は事もなげに「そっかあ」と呟き――三秒ばかし置いた後に「?」と首を傾げた。
 ちょっとした違和感があったのだ。……いや、ちょっとしたなんてものではない。もっと根本的に大事な前提であった気がする。
 眞虚は更に五秒程押し黙った後、漸く違和感の正体に気付いて口を開いた。
「誰を、呼んでるの……?」と。
 杏虎ははじめその言葉の意味が分からなかった。
 だがやや間を置いて眞虚の言わんとしている事を理解すると同時、その顔面からはサッと血の気が引いていったのだった。

 ――月のない夜、或いは月の遅い夜に暗い海辺を一人とぼとぼと歩いていると、海から呼ばれる。

 ……そう、そうなのだ。
 怪談の中でのその"声"は、こんな真っ暗の晩に海辺を歩く、たった一人を呼ぶ声であった筈なのだ。

 その事に気づき顔面蒼白となった杏虎と眞虚は、僅かな時間押し黙った後、弾かれたように立ち上がる。
 異常に暗すぎる月のない夜と、海から聞こえる異常な声。
 それらはこの近辺に伝わる怪談とよく似ており、世の人々には「だから何なのだ」と一笑に付されそうなものの、古霊北中学校美術部である彼女らとしては看過できない緊急事態なのだった。
 怪事アヤシゴト。幽霊や妖怪の絡む、人の仕業とは思えない奇っ怪な事件。科学では納得のいく説明の付け難いそれらは、しばしば噂話や都市伝説・怪談という名で世に広まって行くのだ。
 だから、恐らく起こっているのだ。今この瞬間、このすぐ近くで。
 それに気づいた二人が立ち上がったのとほぼ同時。美術部の客室のドアが、バンと乱暴に開かれた。
 扉の向こうには、今の今まで部屋から姿を消していた遊嬉が立っていた。彼女もまた室内の二人と同じく蒼白の顔をして、酷く焦った様子でこう問いかけるのだった。

「珠美ちゃん居る!?」



 月のない暗黒の空の下、夜の浜辺に佇むのは、妙齢の婦人一人きり。
 黒々と沈む潮は夜風に吹かれて静かに鳴き、おいでおいでと彼女を誘う。

 ――おいで、おいで。

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