怪事戯話
無双崩魔と覚醒の刀⑤

 対峙する【三日月】の使いと新たなる介入者。
 大口を叩いた遊嬉を、アンナは鼻で笑う。
「スーパーゆきちゃんタイム? ハッ! 君ね、冗談もそのくらいにしときなよ。そんな丸腰でアタシとやり合おうって、馬鹿じゃないの? 大怪我して病院でおネンネすることになるよ? なっちゃうよ?」
 言って人形師は糸の切れた操り棒を放り投げ、両手を覆う黒い手袋を脱ぎ捨てた。手袋の下から現れたのは白い柔肌ではなく、見るからに自前の四肢とは思えない――人形の腕だった。左右両方ともである。アンナが動くと少しカタカタ言うのは、この為だった。
 腕パーツは一般的な球体関節人形と同じような作りだが、掌のパーツはやたらと細分化されているらしく、まるで最新式の義手のように滑らかに動いている。
 その指の先から、キラリと。輝くものが現れる。細く、白く、教科書に載っていた微生物の鞭毛のようにうねうねと動くそれが糸であることに乙瓜や遊嬉が気付くのに、さほど時間は要らなかった。
「糸……?」
「違う、糸じゃない」
 疑問を浮かべる乙瓜に、遊嬉は即答する。

 ――糸じゃない。その意味に乙瓜が気付いたときには、既に攻撃は始まっていたのだ。

 真後ろに向かって跳躍する人形師、同時に放たれる無数の何か。それは糸ではない。細く長く硬質で、勢いよく発射されるその姿は、糸なんかではない。それはまるで……そう、それはまるで――
「針!?」
「正解よ、だけど遅いわ! 喰らって蜂の巣におなりなさいッ、毒蜂の巣をつつく者スティンガー・ミサイルッ!」
 針、ミサイル。そう、ミサイルだ。超極細で超硬質の無数の針は既に放たれてしまっている。その多くは正面に立ちふさがる遊嬉に向かって、それでも余る分は乙瓜や魔鬼に向かって飛び進む。手持ち札の無い乙瓜には結界を貼って防ぐことは出来ず、このままでは全弾命中は免れない。
「遊嬉逃げろ!」
 乙瓜は叫ぶが、叫んだところでもう針のミサイルは着弾寸前、逃げようとしたところで逃げられる筈がない。

 着弾、炸裂。獲物から逸れた針たちがコンクリートを僅かに砕き、粉塵を巻き上げる。
 ――完全に仕留めた。煙で少々視界が悪いが、その向こうには全身を細かい針で貫かれてボロボロになった三人が転がっているだろう。アンナはにやりと口角を上げた。
 針にはその謳い文句の通り毒が仕込んである。何も致死の毒ではない。致死ではないが、インド象でも一週間は行動不能にしてしまう麻痺毒だ。人間ならば数週間、あるいは一ヶ月を越してしまうだろうか。そのくらいは活動不能に出来るだろう代物だ。
 探し物の邪魔をしに出てくるからイケないのよ。アンナは思った。
 彼女は元より先日北中に先遣された魅玄、ひいては彼の封印されているだろう何かを奪還する為にやってきた。校内の人形を操り、探し物が済めば即帰投する予定だった。報復の意思もなければそれに能うだけの武装もしていない。しかし思わぬ邪魔が入った。花子さんである。
 花子さんは学校妖怪の私物が盗まれている事を憂い、乙瓜と魔鬼に『お願い』を出した。かの二人の生徒の内一人が、【三日月】上層部が目を付けている存在であり、【灯火】の契約者、そして魅玄が失踪前に接触した存在であるということについて、アンナは既に承知している。
 ――もしかしたら、彼女か、もしくはもう一人の少女が『それ』を所持しているのかもしれない。アンナはそう思い、人形たちを武装強化して家庭科室で張っている二人を襲撃したのであるが。
「はーあ、アテが外れちゃったみたい。アタシの部下はどこへ行っちゃったのかなぁ。……一からやりなおしねー」
 結局目を付けていた少女は何も知らされておらず、ダウンしていたもう一人が持っている線も薄い。思わぬ邪魔者には驚かされたが、案の定あっさりとやられて興醒めだ。アンナは溜息を吐いた。
「とりあえずどうしよっかこの三人。置いておくのもかわいそうだから救急車くらいは呼んであげた方がいいかな?」
 屋上の柵に寄り掛かりながら、アンナは面倒くさそうに未だ晴れない砂埃を見た。
 徐々に晴れていく視界の向こうには、満身創痍の肉体が三つほど転がっている――筈だった。
 しかし。

「願いましては四の五の双つ」

 声が、一つ。
 同時に紅く揺らめく輝きが。不明瞭な視界の向こうに、茫と一つ浮かび上がる。
 それは灯火ともしびの輝き。小さくも強く、赤々しく熱く。月よりも明るい焔の光。アンナは作り物の目を大きく見開く。「まさか……奴が……?」呟く言葉の向こうの想像には、【月】の宿敵たる彼の姿があった。
 しかし、焔は細く棚引く。棒状の形を成し、より一層強い光の一閃と共にその全貌を顕にする。
 ――それは刀。月を映す白刃は、その身から孤高の狼のような、あるいは精悍な武士のような気配を纏い。力強く戦いに飢えた光を放ち、対峙する人形師を睨みつける・・・・・
 そう、睨んでいる。無機質な刀は、しかし確実にアンナに鋭い眼光を向けている。

 ――鬼だ。

 アンナの背に冷たいものが走る。木製の関節がカタカタと小刻みな音を鳴らす。……震えている? 馬鹿な。アンナは鋼鉄の柵を強く握り、刀をキッと睨み返した。
 真一文字いちもんじに姿を現した刀が、何かを振り払うように一振りされる。その一振りで火の粉が飛ぶ。滞空していた埃が晴れる。刀を掴み、刀を振るった何者かが姿を現す。
 その姿に、アンナは愕然とする。息をのむ。遅れて、何故という疑問が頭を埋め尽くす。
 刀の振り払った火の粉がパラパラと落ちる。コンクリートに落ちていく幾つもの細かい残骸は、確かに彼女が放ったもの。

「ウソでしょ……? アタシの針を…………全部、全部防ぎ切ったというのッ!?」
 人形師は晴れた視界の奥に依然として無事の乙瓜と、彼女の庇う魔鬼の姿を確認して悲鳴にも似た声を上げる。そして刀を持ったその娘・・・に向かい直し、お決まりのような台詞を吐くのだ。
「一体何なの君は……、君は一体何者なのッ!?」
 叫ぶ彼女に、刀の少女はにやりと嬉しげに眼を細める。眼窩がんかの奥には真っ赤に輝く血の瞳が、宝石にも負けないように輝いている。
 少女は言った。

「遊嬉。戮飢遊嬉。古霊北中学校一年一組、出席番号40番、所属は美術部! ガンガン行っちゃうから、そのつもりで宜しくたのみますよーーーッ!」

 まるで春先の挨拶みたいに元気いっぱいに応答した遊嬉は、本来なら相当重たい筈の日本刀を右手だけで軽々と持ち、余った左手を高く挙げた。
「そして……もうひとりっ」
 遊嬉が呟いた瞬間、彼女の真上に緑色の光が弾け、そこからいつだかの妖怪が姿を現す。真っ先に反応したのは、敵側のアンナではなく味方側で事態が飲み込めず、目をぱちくりさせていた乙瓜だった。
「な、なななな?? なんで遊嬉んところにお前がっ!?」
 驚嘆の声を上げる乙瓜。その視線の先には、乙瓜の契約した彼と殆ど似た姿ではあるが、蒼緑の髪に瑞々しい草花を生やし、健在の両目から翡翠の瞳をのぞかせる彼女の姿があった。
「よばれてとびでて、じゃじゃじゃじゃーん?」
 間の抜けた声で懐かしのアニメのような台詞を吐きながら現れた存在。緑色した火遠の姉、草萼嶽木。
 七月の合唱の件から長らく姿を見ていなかった嶽木が何故嶽木と共に? 乙瓜の頭にも疑問符が大量発生する。
 だがそんな乙瓜の心中などお構いなしに、遊嬉はあくまで人形師アンナとの間に会話を展開していく。

「草萼嶽木、あたしの契約妖怪パートナー。えーっとえっと、多分人形遣いのおねーさん。さっきの攻撃びっくりしたよ、だって殆ど不意打ちだもん? 助かったのは嶽木のお陰。ねー?」
「ねー」
 同調するように嶽木が返事する。裏合唱祭の時に見せたまともな口調はどこへやら、また気抜けしたような口調になっている。ただし、初めて遭遇した時は異形のものだった左腕は、今は普通の腕に変わっている。変化するってことだろうか。乙瓜は思う。
(そういえば合唱祭の時もさりげなく普通の腕だった気がするぞ……)
 数か月前な上に写真も映像も残っていないのでその記憶はあやふやだが、水祢の腕も元にもどったりしていたからまあそういう仕様なんだろうと乙瓜は結論付けた。

 一方、遊嬉の『自己紹介』を受けた【三日月】のアンナは奥歯を強く噛みしめていた。
「……っ、…………。いいや、全くの予想外だったわね。まさか奴以外に人に力を分け与えている奇特者かわりものが居るなんて、我々も想定していなかったからかな。けれど成程合点が行った。だって、退魔宝具たいまほうぐを持っているからって、そんな子供にアタシの毒針が全部防がれたとなっちゃあ、このアンナ・マリーの沽券こけんに関わるもの、たまったもんじゃないわ」
 アンナはそう言って絡繰りの指を遊嬉に向けた。
「その刀知ってるわ。『魔性に類するモノを裁断し、崩壊させる力を持った神憑りの刃』。嘗て無双と呼ばれ、数々の人外を無に還し、戦いの果てに己が形すら崩壊し、忘れ去られ、夢想虚影イマジナリィの中にのみ存在する形無き剣。今の名は崩魔刀と言うんだったっけ。……そして奴の代名詞だわ」
 自らの知る情報を淡々と上げながら憎々しげに刀を睨んだ刀は、もう彼女を睨んでいない。全力で敵意を向けるほどの脅威ではないと見抜いたからだろうか。……気にくわない。アンナは口の内側を軽く噛んだ。
「知ってるんだったら話が早いわ、あたしは乙瓜と魔鬼この子ら連れて退却したいから、あんたも盗んだもの置いて帰ってくれたらうれしいなーって。そう思うわけだけど、どう?」
 遊嬉は両手で杖つくようにぞんざいに刀を押さえると、いかにも余裕しゃきしゃきの態度を取る。
 ――全力で戦ったら自分が勝つ。だからあなたは帰りなさい。
 そう言われているようで、アンナは益々腹を立てたが、眼前には催促するように輝く四つの光。赤と翠の瞳の色。少なくとも現時点でどうしようもなく遊嬉側が強いのは事実。アンナは柵に寄り掛かるのを辞め、一度両拳をギュッと握りしめてから、降参するように挙げ――

「降参ッ! するとでも!! 思ったかっッ!!!!」
 瞬間、アンナの両手が火を噴いた。発砲音、真っ直ぐに飛んでいく十の物体、消し飛んだ指先から硝煙。人形師最後のカラクリ、指先の弾丸フィンガーバレット。先のミサイル針に比べたら雀の涙ほどのささやかな武器だが、嘗めきっている遊嬉を驚かせる事くらいは出来るはずだ。……いや、出来てほしい。アンナは願った。その時点で、倒せるとは微塵も思っていなかった。
 しかしその願いも虚しく、遊嬉は驚くこともしない。それどころか、ほとんど動いていないように見えた彼女の周りに、真っ二つに切り落とされた指弾だけがパラパラと落ちていくのだ。
「うーん、いいねえこういうの。漫画みたいで一回やってみたかった」
 ケロリとして遊嬉は言う。無邪気な子どもみたいな笑みを浮かべている。
「にしても面白い体してんねあんんた。ロボットアニメかと思ったわ!」
 はしゃぐ子どものような顔で自分の事を見る遊嬉に、アンナは恐怖を覚えた。
(嘘でしょ?! ……人外のアタシですら見切れないような動きで、あの子はアタシの指を斬り落として見せたっていうの? そんな馬鹿な話、あるわけない、あるってたまるか……!)
「う――」
「嘘って言いたいんだろうけど残念これが現実だよ」
 叫びだそうとしたアンナの言葉を遮ったのは、それまで遊嬉の周りをふよふよと浮かんでいた嶽木だった。
 登場してからはじめて真面目な口調で喋った彼女をチラリと見上げ、遊嬉は言う。
「これ契約内容の一つなんだけど。嶽木が近くにいるときは、あたしは凄いパワーが出せるし、凄い速さで動けるんだよ」
「契約要綱二、身体能力の限定向上。ちなみに遊嬉ちゃんとの契約要綱一は火遠のと同じ、身辺安全の保障。ミサイルを全弾防いだのは一、弾丸斬りは二の内容を実行した結果さ。何か質問あるかい?」
 遊嬉の発言を補足するように嶽木が付け加える。それはつまるところこの妖怪と人間コンビは、セットで居る限りほぼ無敵に近いという証明に他ならなかった。二人を別々に引き離さない限り、どうあがいてもアンナに勝機は無かったのだ。アンナは忌々しげに顔を歪めながら、現在の状況を再度確認する。
 より高くなった月が照らす屋上。扉付近には満身創痍の二人が。札使いの乙瓜はその日の札を出し尽くし、魔法使いの魔鬼は魔力を使い切って眠りに落ちてしまった。一方で、彼女らより一歩前に立つ、【三日月】のデータにもない剣士は全くの無傷でそこに立っており、契約の妖怪も健在。対する自分は糸を失い、針を失い、苦し紛れの武器も失って、体こそ十全であるが、勝機は全く無いと言っていい。
(袰月は依然として見つけられていないけれど……ここは一旦引くのが賢明か)
 悔しくはあるが仕方ない。アンナはそう判断し、背後へ向かってジャンプした。人形師の身体は柵を飛び越え夜空に躍る。

「覚えてらっしゃい。【三日月】に楯突いたこと、いずれ後悔させてあげるから」

 捨て台詞を残し、重力に従って地上へと消えていく使者。遊嬉はすぐに駆け寄って柵の下を覗くが、そこには既に何も存在していなかった。
「ふー。やれやれ」
 ほっと息を吐きながら、遊嬉はバトンでも回すように刀をクルクルと回転させる。刀は回転しながら緋色の閃光に変わると、火の粉が散るように形を崩し、その姿を夜の闇の中に消した。
 いつの間にか嶽木消えている。敵側が完全に戦意を喪失したとみなし、姿を消したのだろう。しかし遊嬉は、姿が見えないだけでまだ彼女が近くにいることを感じていた。心の中で感謝しつつ。柵に半身を預けた。

「やれやれ、じゃねえ!」
 不意に聞こえてきた声に遊嬉が振り返ると、相変わらず眠り続けている魔鬼の身体を支えながらよろよろと立ち上がる乙瓜の姿があった。
「んー、あー。そうそう乙瓜ちゃん、無事でよかった」
 ニッコリと微笑む遊嬉と対照的に、乙瓜はふくれっ面だ。乙瓜は言う。
「なんか一人ですっぱり解決したみたいになってるけど!? 突然現れたと思ったら針防いだり刀出したり嶽木がいたり、こちとら全ッ然わけがわからん! ……ああもう、どうなってるか説明してくれ!!」
 多分、傍観している間ずっとこんな感じで悶々としていたのだろう疑問を爆発させ、乙瓜は叫ぶ。遊嬉は、なんだそんな事と笑いながら答える。
「あたしね、嶽木と契約したんだ」
「……それは何かしらんけど何か分かった。分かったけど、なんていうか……その、いつからだ」
「うん? 先月から」
「先月ぅ?!」
「そ、先月」
 あっけらかんと答えながら、遊嬉はひらひらと両の手を振った。
「お二方がトイレの闇子さんとやり合ってる辺りから退魔剣士としてやらせてもらってますぞーい」
「え……はぁ!?」
 あまりにもあっさりと公開された、しかし全く気付かなかった遊嬉の秘密(?)に、乙瓜は顎が外れるかと思うくらい口をあんぐりと開くしかなかった。
 そんな乙瓜に対して、遊嬉は「驚くこともないじゃんか」と言いながら歩み寄り、一緒になって魔鬼を支えはじめた。
 意識の無い人は意識のある人より重たく感じるって本当かもねーと言う割に、全く重さを感じていないような彼女の態度を見て、乙瓜は只々呆然とするしかなかった。
(元から中学生離れしてると思ってたけど……。もはや人間離れしちゃってるんじゃないのか……?)
 二人で支えているとはいえ、遊嬉が入ってから殆ど魔鬼の重さを感じなくなったことに、乙瓜はちょっとした恐怖を覚えた。
「……それで赤い瞳なのか」
 ふと乙瓜が漏らした言葉。小さな呟きだったが、一緒になって一人の人を支えるくらい近くにいた遊嬉は反応する。
「んーにゃ、違うよ? これは元から……いや、元からっつったら変だけど、ちょっとね。前にね。いーろいーろねー」
「色々って何だよ」
「さーてねー。その内教えてあげるかもねー」
 遊嬉はケラケラと笑いながら、乙瓜と共に魔鬼を背負って屋上から撤収していく。

 もう居残りの教師も帰ったのか、校舎は暗く、昇降口は施錠されている。無理にこじ開けようとすれば、警備会社がすっ飛んでくることは間違いないだろう。
 だが心配することはない。好意的な学校の住人達は、こっそりどこかの窓を開け、こっそりと彼女たちを外に逃がしてくれる筈だから。

 人少ない田舎町の闇の中、一人家まで帰るには頼りないが心配はいらない。学校近くのコンビニには、遊嬉からの連絡を受けた杏虎が、姉と車を駆り出して、何食わぬ顔で待ち構えているのだから。



「これで全部かしらね」
 深夜のパソコン室。机の上に広げられるハンドクリームやポシェットなどの物品は、全て前庭に落ちていた『落し物』であり、学校妖怪たちが人形に盗まれた品々に相違なかった。
 赤マントの小娘エリーザはその中に自分の帽子を発見すると、愛おしそうに抱きしめた後それを被る。
「装着! うーんジャストフィット! 見てくださいよぅ花子お姉様、私やっと本調子に戻れた気がします!」
「よかったわねエリーザ。お師匠から貰った大事な帽子なのでしょう?」
「はいっ! 私の宝物、です!」
 満面の笑みで答え、エリーザは踊るようにパソコン室を去って行った。
 その様子を呆れたように見送りながら、行儀悪く椅子に掛けた闇子さんは言う。
「――で、結局【月】って何なんさ。あの珍奇な人形遣い……神楽月とか言ったっけ? ポシェット戻ってきたからいーけれど、得体の知れない組織っつーのは、あたしゃどーにも気にくわねぇな」
「そっか、ヤミちゃんあの時は居なかったものね」
「その呼び方やめろし。……ってか居なかったって、あたしが居ない間になんかあったのかよ」
 闇子さんは背もたれにぐったりと寄り掛かっていた上体を起こし、花子さんを見た。
 花子さんは苦笑し、既に起動しているパソコンのブラウザを立ち上げ、検索エンジンにとある単語を入力し、結果を表示させた。そして一番上の検索結果をクリックし、とあるWEBページを表示する。
「これがその【月】の正体……いいえ、世を忍ぶ仮の姿、とでも言った方がいいのかしらねえ?」
 花子さんが示した答えに、闇子さんは大きく目を見開いた。
「これって……、マジかよ……? だってこれ、あたし東京でいくらでも見かけ――」
「マジよ。嘘ついても何にもならないじゃないの。尤も、その全貌については彼の方が詳しいかもしれないけどね」
 言って、花子さんは顔を上げ、出入口付近に佇むを見た。

「ひとまずその子は渡さずに済んだにせよ、そろそろあの子にも話してあげたらどう? 何も知らせず闇雲の道を進ませるのは、そろそろ限界だと思うわ」

 花子さんの指摘に、彼は深く溜息を吐いた。
「真実を話すということは、彼女に彼女自身の真実を気付かせてしまう事になる。……その事が何を引き起こすのか、暴走か、崩壊か……何せ過去に前例がない事だからね。何もかも未知数だ。しかしまあ、もう隠したままでは居られないか」
 再度溜息を吐く彼に、彼の持っていたそれ・・が言う。
『そーそー話した方が互いに楽になるとおもうよー? せーっかく僕がかいつまんで説明してあげようとしたのに、ムキになって邪魔しちゃってさー』
「煩い黙ってろ」
 喧しいそれを抑え込み、彼は独り言のように漏らした。

「あるいは、君は消えてしまうのだろうか。今後進む先に、君の幸せは有るのだろうか。――乙瓜」



(第十怪・無双崩魔と覚醒の刀・完)

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