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シールブレイク

02.蛇と猫

 赤楝蛇やまかがし海音うみねについて特筆して語ることがあるとするならば、彼女が古霊北中学校の当代生徒会長である、ということくらいか。
 彼女はその出生も家庭もごくごく平凡。元農家の祖父と役所で働く両親、小学生の妹、そして海音の五人家族。成績優秀、素行もすこぶる良く、悪い噂は一つも聞かない。
 そのかわり、彼女が普段何を考えて、何を信条として生きているのか知る者は、ほとんどいなかった。
 海音には、ほとんど親友と呼べるような存在がいなかったのだ。

 ただ一人。あの猫又由香里を除いては。

 猫又由香里。生徒会副会長。
 彼女は垢抜けない田舎娘ばかりのこの学校の中で、一際異彩を放つ存在だった。
 背はほかの女子たちより高くて、手足も外国のモデルのようにすらりとしていた。顔立ちも驚くほど整っていて、都会に遊びに行く機会があったなら間違いなくスカウトされているような容姿。
 彼女は常に男子たちのマドンナで、女子たちの憧れだった。
 いつだって話題の中心にいたし、何より社交的で友達は先輩後輩問わず大勢いた。

 そんな由香里は、海音のたった一人の親友だった。
 たった一人心を許せる、たった一人の大切な親友――。

******

「私は本気さ。本気でやるつもりだよ、由香里。君はどう?」
「勿論、私も。反対する理由なんて、ある? やるなら今、いましかない」
 
 夏休み前日の放課後・北中図書室。
 他の生徒が誰もいないそこで、私と由香里は自分たちの決意を確認し合っていた。
 向き合って座る机の上には、古びた一冊の本。
 変色したページは何度も捲ったことですでによれよれ。一部のページは落丁し、もう本としての体裁も崩れかかっている。
 だが、そんなこと些末な問題でしかない。何故って、もう全てのページの内容は私の頭の中にあるのだから。一言一句漏れることなく、完璧に。
 だからもう、ここにあるのはただ古いだけの不完全な本でしかない。けれどもこうして本を挟んで対談するのには、意味があった。
 例えもう本未満の存在でしかなくっても。これは聖書。これは聖典。儀式に必要不可欠な魔法の道具マジックアイテムなのだから。

「この前、声が聞こえたんだ」
 大事な聖典の上に手を置いて、私はこの間の出来事を話した。

 声が聞こえたこと。
 おそらく『彼』の伝えた『奴』がすぐそこまで来ているということ。

 その他大勢の人間にはくだらない妄言と一蹴されてしまいそうな話を、この素晴らしい友人はうんうんと頷きながら真剣に聞いてくれた。
「――そう、来るんだね。私たちの『敵』が」
「ああ。来る、もうすぐそこまで来ている。私たちの『敵』が」
 すこしの沈黙が二人の間に流れる。
「引き返すなら今しかない。勿論、君は引き返してもらって構わない。だけど、私はやるよ。由香里」
「愚問だね。私たちさっき確認し合ったじゃないか。私たちの運命は一蓮托生、世界が滅びるのも滅びないのも私たち次第。街に混沌を、世界に地獄を。そして最後の夏休みを笑って過ごそう」
 由香里の白い手が、私の手に重なった。

 ――1998年、7月。
 私たちは約束をした。

 忌まわしき封印を破り。派手で混沌とした終末を迎えるために。




「全く、近頃のオカルトかぶれは危険思想で困る」
 聲はもう、そこまできている。