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最初の出会い

 音がする。

 のぼるのぼる音がする。
 小高い岡の上にある社めざして。
 昇る昇る音がする。
 二つの小さな足音が、たったたったと小気味良いリズムを刻みながら。
 上る上る。駆け上がる。
 神社の石段を登りきる。

 朱色の鳥居をこえて、現れたのは二人の少女。平日の、こんな真っ昼間から、こんなところを彷徨いている辺り、恐らくまだ就学していないだろう彼女らの背丈は、非常に低く、小さかった。
 しかし見かけない子らだ。だが、かといって迷子のようにも見えない。
 仲良くしっかりと手を繋ぎ、御神木や拝殿を物珍しげに見てまわる姿には、見知らぬ土地を幼子二人だけで行く不安は全く感じ取れなかった。案外親が近くにいるのかもしれない。
 少なくとも現状では危ない行動などはしていなさそうなので、俺はひとまず安心し、再び読みかけの本の頁に目を落とした。

「お兄ちゃん、このへんのひと?」

 不意に話しかけられ、僅かに顔を上げる。
 どうやら子供の一人が、不信心にも賽銭箱に腰かけて読書なんぞしている俺に気付いたようだ。
 まあ、初めから隠れる気など毛頭ないと言わんばかりに堂々とここに居続けているのだから、今さら、しかも子供に気づかれたところでどうするつもりもないのたがね。

「ああ、そうだよ」

 素っ気なく簡潔に答え、再び本に視線を戻す。
 しかし子供というものは実に面倒なもので、こちらが興味を示そうがなかろうが、一切合切無視してなんとしでも構ってもらわんとばかりにしつこく絡んでくる。

「なによんでるの?」
「それおもしろい?」
「よんで! よんでよっ!」

 いつの間にかもう一方の子供も加わり、何故か俺が読んでいる本を自分たちにも読めと催促し始めた。
 ……全く煩わしい、それにどうせ読んでやったところでこの本の内容なんざこの子たちには解るまいよ。
 それに俺だって、未就学児には到底理解できない単語をずらりと並べた列が延々と続くページを淡々と読み続けるなんて作業、とてもじゃないがお断りだ。
 まあ仕方ない、折角だから少しだけ構ってやるか。
 そう思い、溜め息をつきながら本を閉じた。

「よんでくれないのお!?」
「けちー!」

 すかさず上がる不満の声。

「……はぁ。あのね、あの本は君達には凄く難しいんだよ。それを読んでくれなかったからって文句言われたって困るんだけど」

「ええええぇ……」
「じゃあどうするの?」
「お兄ちゃんも一緒にあそぶ?」
「どうしよう?」

 子供たちは二人だけでああだこうだと相談を始めてしまった。
 その時になって始めて気づいたのだが、二人は全く同じ瓜二つの顔立ちで、体型も背丈もほとんど互いに互いの生き写しの状態だった。……成る程、双子だったのか。
 と、そこで再びあることに気がつく。

 双子の片方の、その足下に。何やら違和感がある、ということに。

 ――影だ。

 影がないのだ。


 片方の少女の足下には、まるでそこには何も存在していないかの如く。影というものが綺麗さっぱり消え失せていた。


 何と不可解で面妖な、しかし話に聞いたことがある。
 どこか世界の裏側に、写し身を作りて存在をさらって行ってしまう巨大にして強大な魔が居ると。

 ――魅入られたか。

 可哀想に、『この子』もそう長くはないだろうよ。


 僅かに哀れみ、立ち上がる。
 未だに意見が纏まらないたった一人の幼子とたった一人の影は話を止め、澄んだ眼と濁った眼で俺を見上げた。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 幼子が不思議そうに問う。
 俺は相変わらずなんでもない風を装いながら、「別に」とだけ返さざるを得なかった。



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2011.11.14 あの双子と彼のおはなし。