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月静

 あに様は優しいお方だ。
 あに様はわたしが泣いているとどこにいてもすぐに来てくれる。わたしの頭をそうっと撫でて、泣き止むまで側にいてくれる。
 あに様。わたしと八つ離れたあに様。大好きなあに様。

 あに様は、鬼斬りだった。
 先代の鬼斬りだった母様にも、筋が良いと誉められていた。お爺様もお婆様もあに様の剣筋は見事だと、よい鬼斬りになると喜んでいた。
 わたしもあに様の剣が好きだった。
 まるであに様の体の一部のように生き生きと宙を斬る刃を美しいと思った。わたしにはあんな風に剣を使うことはできないから、尚のこと憧れた。いつかあに様のような鬼斬りの剣士になりたいと、心から願っていた。
 けれど、いくら稽古に励んでも母様はわたしの剣を誉めてはくれなかった。熱心になればなるほど、そんな乱暴に刃をふるってはいけないよとたしなめられた。
 お爺様もお婆様も、下の子は駄目だ、今代の優秀な鬼斬りは終ぞあに様しか出なかったと落胆する。
 わたしには何が足りないんだろう。どうすればあに様に近付けるんだろう。幾日も幾日も、答えのわからない中稽古だけを続けていた。

 けれど、わたしの剣が誉められることは遂に一度もなかった。

 母様が鬼になってしまわれたのは、私が九つの誕生日を迎えた日のことだった。
 稽古の場では厳しかったけれど、本当はとても優しかった母様。綺麗で皆に自慢の母様。大好きだった母様。
 そんな母様の面影はもはやなく、母様はお爺様とお婆様を斬り殺した。鮮血にまみれて狂嬉の表情を浮かべる母様を、私はただただ恐れ震えながら見ていることしかできなかった。目を覆うことすら出来ず硬直する私の前で母様を手に掛けたのは、あに様だった。
 それは、一瞬の出来事だった。あに様は何も言わずに母様の前に飛び出し、不意をついた一瞬をもって、母様の細い腰を真一文字に切り捨てた。

 ぶしゅううっ。

 一時遅れ、嫌な音を立てて血が飛び散る。
 腰から分断された母様の下半身は魚のようにびくんと大きく動いて動かなくなり、上半身は呻きながらも、残った両の腕で起きあがろうとした所であに様に心臓を串刺しにされ、まるで空気の抜けるような、声にならない叫びを上げる。
 直後、あに様は母様の首をひと思いに刎ねた。胴体から分断される首は、そのままころころと庭へ転がっていく。
 最後にちらりと見えた母様の顔は、何故かとても穏やかで、笑っているように見えた。
 母様は、――鬼は死んだ。
 私は漸く動くようになった体で恐る恐るあに様を見た。
 あに様は、泣いていた。
 言葉もなく、表情も変えず。ただひたすらに涙を流していた。
「……長く苦しまないようにしたかった」
 あに様は言う。母様の首から目を逸らさぬままで言う。
「すまない。母上。すまない。……刀星」
 言い訳するように泣くあに様にかける言葉のない私は、同じように泣きながら、ただただ見つめているしかなかった。

 ――だからね、月静、刀星。
 いつかの母様の言葉が蘇る。
 ――私たちは鬼を、同族を殺すのではない。鬼を救うてやるのだよ。

 ああそうか。そうだったのですね母様。その言葉で救われるのは。

 暗い暗い新月の晩、小さな星々の明かりのしたで泣く兄妹。
 ――鬼の子供、二人のみ。