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鬼斬

おおん、おおん。
どこかで何かが啼いてゐる。
哀れな聲で吼えてゐる。

あれは何か。
母者に問ふ。

憐れな鬼のなく聲だ。
母者は答ふ。

鬼は吼えてゐるのではないのか。
おそろしい聲ではないか。
再度問ふと、母者は困ったような顔をした。

そして少し考え込んだ後、私と兄者の手をしっかと握りしめ、優しく優しく言つた。

いいかい月静つきしづか刀星ちせ
鬼はおそろしいものでは、けつしてないよ。
鬼は悲しいのだよ。
鬼はいつだって悲しいのだ。
けれども鬼は涙を流せないからね。
ああして暴れ狂ひ乍ら泣いてゐるのだ。
鬼は鳴いてゐるのだよ。

いいかい月静、刀星。
お前たちも、私もまた、あの鬼と同じ血を引いてゐる。
同じ血を引きながら、我らは鬼を斬らねばならぬ。
それでいて、いつかお前たちも、私も。斬ってきた鬼と同じ異形へと身を堕とすだろう。

だからね月静、刀星。
忘れてはならないよ。
鬼は、悲しいのだ。寂しいのだ。
どうしようもなく憐れなのだよ。
だから私たちは、鬼を、同族を殺すのではない。
鬼を救うてやるのだよ、と。

言ひて、母者は鞘から孔雀蝶の白刃を抜き放ち。
いつからか背後に迫り、しかし渇いた涙で泣き叫び続ける鬼に向かひ。

す、と。

一太刀で切り捨てた。

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2012.1.27 チセの昔話