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プルトニケルは高慢にして

 本国に帰投すると同時に王から呼び出しがかかり、スーツの中でしっとりと鬱陶しく自己主張する汗を流す間もなく王宮に直行することとなった。

 玉座に向かうまでの無駄に長ったらしい廊下にオブジェのように等間隔に並んだ近衛兵達は皆、私がその前を通過する度に驚いた様な、あるいは恐れる様な顔をして、しかし一言も漏らさずに機械的に頭を下げ、静止した。
 ……なんと懸命なことだろう。今彼等には確実に私にがあっただろうに。だがしかし、このよく手なずけられた王宮の犬共は、恐らく自分達が何人束になろうと敵わない相手には決して刃向かわないのだ。……どこぞの愚か者と違って、な。
 長い廊下が終わり、私は物言わぬお辞儀人形へと変わった兵達を一度たりとも振り返ることなく王の間へと足を踏み入れる。
 玉座には壮年も終わりに近づいた王が、見た目には平時と全く変わらぬ様子でどっしりと構えている。……あくまで見た目だけだろうが。
 それが何故わかるのか、そしてどうして私が王から呼び出されるに至ったのか、そんなことは言われるまでもなくわかっているのだが、私は玉座の前に跪き、敢えて白々しくこう言ってやった。
「何のご用でお呼びでしょうか、兄上?」
 私の口からそういった類の言葉が出ることを半ば予測していたのか、王――兄は怒りより呆れ混じりの声で言った。
「……またやってしまったようだな、プルトニケルよ。今度はオキシジパルトか……」
 オキシジパルト、というのもまた私の兄で、この国(ほし)の第六王位継承者だ。尤も、そいつは今日戦場で私の不意をついて殺そうとしてきたものだから返り討ちにしてやったが。
 王は長兄(ちょうけい)で私は末妹(まつまい)だ。つまり王以外の私の兄は王の弟であって、まあ詰まるところ、兄の用件はそのことについてなのだが。

「プルトニケルよ、お前は今まで百人の味方と五人の兄弟を宇宙の塵に変えたばかりか、今日もまた一人亡き者にしてしまった。これで残る王家は私とお前だけだ。プルトニケル、我が末妹よ。まさかとは思うが……」
「おや兄上、私が謀るとでもお思いですか。全く王ともあろう者が何をそんなに弱気になっておられるのです?」
 兄は何も言い返さない。やれやれ、言い返した所で私は何もしないというのに。全く、何と甘いことだろう。
「ご心配なさらずに、兄上様。私は兄上や廊下の犬ころ達が思っているほど見境のない化け物ではございません。私が倒すのは私の敵だけ。兄上が私の命を脅かさない限りは、愛する家族に刃を向けるなんて決して有り得ない。――分かっていただけたでしょうか?」
 言って態とらしく微笑む。そして間。しばしの沈黙の後、兄は何かに納得したかのように頷き、その口を開いた。
「……わかった。お前を信用しようプルトニケル。そして信じてくれ。私もお前に刃を向けるつもりは毛頭ないということを」
 兄は 言った。……そう、それでいいのだ。我が兄ながら何と賢いことだろう。どこぞの愚かなきょうだい達とは大違いだ。その賢明で尊大で保身的な頭脳が、正しくわたしを敵に回すべきではないという結果を弾き出したのだから!!
 流石は我が兄、流石は私が信用する唯一の男だとでも言ったところか。
「当たり前です兄上。私が兄上を信用しなかったことが一度でもあったでしょうか? 兄上は我等が王。私は王の為にと日々戦っているのです」
「ああ、ああ。そうだったな。すまなかった……」
「兄上が詫びることはありません。全ては私の素行(そこう)が疑わしいがために生まれた誤解。謝るのは私の方ですわ。……ああ兄王よ、どうか愚かな妹にお許しを」
 言いながら深々と頭を下げ、形だけの忠誠を示す。もし、その間に兄の左右で、部屋の中で、私が来た廊下で、先程から子犬のように縮こまっている雑兵どもが、隙をついて私の首を取ろうと踊り出てこようものなら――
 ――だがしかし、恐れ多くも王の手前。更には自身の上官を(ごみ)でも扱うかのように軽々と葬られ、戦意の牙を折られた犬達の中に、そのような痴れ者が現れることもなく。結局私が王の間を後にするまで、誰ひとりとして襲い掛かって来る者も、声をかけてくる者すらいなかった。

 王宮の外に出ると、空には二つの月と満天の星空が広がっている。この煌々と輝く星の間では、今この瞬間にも多くの戦士達が、それぞれの星の為に戦っているのだ。
 全てはかの秘薬の為。現在の延命治療の限界を遥かに超え、その寿命を飛躍的に伸ばすであろう、奇跡の延命薬を巡った戦い。
 この戦いの末に何が待ちかまえているのだろうか。実のところ、延命などには毛ほどの興味もない。多くを奪い、多くを傷付け、多くを殺し、敵味方問わずその末路が明日は我が身となりかねないこの戦争で。私は己の存在を、少しでも多く、少しでも大きく。
「主張したいだけかもしれないわねぇ」
 誰に言うでもないその呟きは不意に吹き込んだ風に呑まれ、流されて行った。

 科学者によると、この星の水と大気はあと数千年と待たずに失われてしまうのだそうだ。そうなれば今のような風は失われ、我々は半永久的にシェルターで暮らすことになるという。延命した後に待ち構えているのが息苦しく喉が渇くだけの未来だとは、全く笑えない冗談だ。
 肌寒い風がスーツに当たり、慢性的に身体を冷やす。


 ――ああ、そういえばシャワーを浴びたい。
  思い、私は兵舎への帰路を急いだ。