Crow Feather
第零羽/Feather - 0:序章

 少女はこの世界が嫌いだった。
 彼女は高い高い塔の上、体を横にしたらいっぱいになってしまうような狭い部屋で、たまにやってくる男にやせ細った身体を隅々まで撫でられて、最低限の食事を与えられて生きていた。
 生まれてからずっとそうして生きて来た少女は、はじめ言葉も喋れなかった。そんな少女を哀れんでか、日に一度食事を運んでくる女がそっと言葉を教えてくれた。外の世界を教えてくれた。……教えてしまった。
 少女は地頭が悪いわけではなかったのだろう、言葉を学び塔の外の世界を学ぶにつれ、すぐに己の境遇が歪なものであると気付いてしまった。
 自分のように生まれた時から狭苦しい塔の一室に住んでいる人間は殆ど存在せず、多くの子供たちには『家族』がいて、友達がいる。視る景色も夜の闇と石造りの壁だけではなくて、『青い空』や、『緑の野原』、『森』、『色取り取りの花』、『街』――直にそれを見た事も無い少女には想像もつかないが、兎に角色々なものを視て暮らしているのだと言う。
 それを知り、少女は羨ましいと思った。そして次に湧いてくる疑問は、どうして自分はこんな暮らしをしているのだろう、という事であった。
 少女は一度女に訊いた。――私にはかぞくはいないの、と。
 女は少し困った表情をしてから、たまに会いに来るあの男が少女の父なのだと答えた。
 女は言う。塔の外には美しいものもあるが醜いものも多い。差別や嘘があり、政治は腐敗している。あなたの「お父様」は、そんな外界からあなたを切り離したかったのだろう、と。
 少女は信じなかった。信じられる筈もない。醜い外界と切り離したい、それが本当ならば何故この部屋はそんな外界にも劣る有様なのか。何故自分の腹を満たしてくれないのか。何故言葉を教えようとしなかったのか、何故身体を触るのか、何故――!!
 疑問は止め処なく溢れ、やがて怒りに変わった。
 少女は父を憎んだ。貧しい生まれで仕方なく加担していると言い訳する女を憎んだ。そして、「神様」を憎んだ。
 かつて女が教えてくれた「神様」は、世界を平等に治めていると言うが、そんなものは嘘だ。神様が本当にいるのなら、どうして自分を外の人間と同じにしてくれなかったのか……!
 屈辱に耐え、空腹に耐え、少女は来る日も来る日も憎み続けた。憎み呪い続けた。

 その果てに、やがて一つの奇跡・・が起こる。

 少女の塔より遥か高い天上から、少女を見ている娘がいた。彼女は少女の境遇を哀れみ、自分たちの世界へと少女を引き上げる・・・・・ことにした。
 それがはじまり。一つの世界が終わりと、ここから続く世界のはじまり。
「神様」と呼ばれていたものの血を啜り、少女はポツリとこう呟いた。

「みんなも苦しめばいいのに」

 その一言で、たった一言で。世界は忽ち姿を変えた。

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